坂上はゲームに対しての集中力が凄い。言葉は届かず、触っても気づかないほどだ。オレはそんな坂上を前にすると嬉しいけど不安になる。
 もしも誰か別の、坂上に好意を持っている人間に接せられたらどうなるんだろうか。
 オレは怖くて手が出せないけど、坂上は無防備極まりなくてつらい。
 聴覚も、触覚も、視覚も、ゲームに奪い取られている彼は手を伸ばせば捕まえられてしまいそうだった。

 カリカリカリカリ。
 シャーペンの音が部屋の中静かに聞こえてくる。ゲームばっかりしていた坂上からゲームを取り合げ、その代わり数学の教材と英語の教材を渡したのは1時間前だ。
 当初、坂上もぶつぶつ文句を言っていたが、自分でもやばいことは自覚しているのか、今では真剣にノートを眺めている。

 坂上に対し凄いと思うのは、あの集中力がゲーム以外でも本気になったら勉学に生かせる点だろう。
 だからだろうか、勉強もあまりしないし提出物もあまり出さないが坂上は、いざとなったらテストで上位に食い込むこともできる。
 その部分は少しだけ羨ましくもあり、もう少し頑張ればいいのになぁと思ってしまう部分でもある。

(――前髪伸びたな、坂上)

 眉毛よりも下に位置する坂上の前髪が俯くと僅かに彼の視界を妨げる。
 それに触れたい感覚を堪え、ノートに視線を延ばす。今回のテスト範囲はすでに予習復習済みで、坂上の分からない点だけ教えればいい。
 くるりくるりとシャーペンを回転させつつ坂上を見る。伏せた髪の向こうに、真剣な顔をした坂上がいた。


「……可愛いな」


 無性に、そう思う。初恋がなにかも知れない時からそう思う。
 視線を坂上からずらし、没収したゲームを見る。いいなぁ、こいつらは。坂上に好きだ好きだって言われて、ずっと傍にいるんだから。
 人間どころか機械にまで嫉妬するなんて馬鹿の極みだ、しかも、坂上はこちらに対しそういう感情を持っていないのに。

 溜息を飲み込み、自分も少しは勉強するかと机に視線を戻すと、ジロリと坂上がこちらを睨みつけていた。
 効果音すら発生しそうな睨み方に思わず一歩体が引く。え、なにか、したの、オレ。

「あの、坂上……どうかした?」
「……あのさ、前から思ってたんだけどさ!」
「う、うん」
「お前、俺の事可愛い可愛い言いすぎだろ! 馬鹿か!」
「え、あ……え?」
「馬鹿騒ぎして可愛いとかはいいけどさー、さっきの、なんか、あれはやめろ! 気が散るだろ変な風に言うな! 神原のくせに!」
「さ、っき」

 こ、えに、出てた? 出すつもりは一切なく、坂上の邪魔をしては駄目だと思って腹の中で思っていた。でも、出てたのだろうか。
 自分でも言う気がなかった言葉を相手が聞いているというのは、なかなか恥ずかしい事だとオレは初めて気づいた。
 勝手に顔に熱がたまる。その様子を見て坂上も急に照れたのか、赤くなるな! なんて理不尽なことを言う。

 ごめん、坂上。だって、顔が熱い。照れもあるし、恥ずかしいのもある。でも、今一番熱くなった理由は、やっぱり坂上が可愛くて。

「気付かず言ってごめんな」
「無心でかよ……おっまえ、まじ性質悪ィなー」

 その理由を探求した先に、性質の悪い答えがあることを坂上は知っているのだろうか。
 ぶつぶつ文句を言う坂上の言葉を耳に入れながら、オレは苦笑を浮かべることしかできなかった。



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