カチ、カチ、カチ。

 時計の音に目を覚ます。
 部屋の電気はつけっ放しで、カーテンの向こう側の世界は深夜を告げる静かさだった。
 床の上に投げ出されたコントローラー、ベッドからずり落ちた掛け布団をクッションにするように坂上は丸まって眠っていた。

 妙な夢を、見た。
 はっきり覚えているそれに頭をガリガリ掻き、小さくため息がこぼれる。
 視線を部屋に向けると、坂上がベッドに寄り添って不安定な形で眠っていた。時計を見ると深夜3時、テレビ画面は戦闘が不自然に止まっているものだった。

 床で寝たせいか体中が痛い。中途半端に起きたせいで緩慢になる体を叱咤しながら再度欠伸をもらした。
 とりあえず坂上を起こさないように携帯の明かりを頼りに部屋を出た。

「首がいってぇ……」

 冷蔵庫から麦茶を取り出しコップに移す。
 首を緩やかに回しながらコキと、小気味いい音を響かせる。
 眠気は徐々に晴れて行き、三回目の欠伸が出れば瞳に溜まっていた膜が涙になってながれた。

 坂上起こそうか、どうしようか。
 不安定な体勢でベッドに寄りかかって寝ていた坂上を思い出す。
 あの体勢だとどこか筋を痛めそうだ。坂上をベッドに寝かして、オレはソファで寝ればいいかなぁ。
 そこまで考え、あれ。と、気付く。


 坂上、寝てた。
 え、うわ、え、無防備に? オレの部屋で?
 好きな子が、ベッドに寄りかかって、オレの傍で?

 コップに入れていた麦茶を飲みほし急上昇する体温を冷まそうとしたが、眠気が一瞬にして吹き飛び、気付いた事実に赤面した。
 おいいいいい! なんで気付かなかった!? なんで気付いちゃった!?
 戻りづらい! 部屋に戻りづらいよ!
 だって、オレ今部屋に戻ったら坂上と二人っきりで夜でベッドでそれってもう、高校生だったらOKってサインじゃないか! サインですよね!?

「いや違う落ち着けオレ落ち着け坂上はノーマル、オレとは違う、オレと違って坂上は女の子が好きで、オレとは、」

 違って。

「……」

 何の夢を見ていたのか、思い出す。
 ぎゅっとキッチンのシンクを握りしめたら冷やかな熱が掌に伝わった。
 オレとは、違う。オレがこんな恋焦がれても、手が出せなくても、坂上は何も思わない。
 オレはそんな関係を知ってて、好きだって何度も言うけど、いつか、いつか本気でその気持ちが坂上伝わったら、怖くて。


『――きもいよ、神原』


 坂上はそんなこと、言わない。
 でも、想像の中の坂上は辛辣な言葉を吐きだすか、気まずそうな顔をするか、申し訳なさそうな顔をする。
 オレは坂上が好きで、好かれたくて、どんなこともする、どんなこともしたい。坂上のためなら、坂上が本気で願うなら人だって殺せると思う。
 そういうオレを、坂上が本気で好きになることないってわかってても。

 安達くんの夢を見たんだ。
 詳しくは覚えていないけど、切なそうにオレを見ていた。苦しそうに言葉を吐いた。
 オレは夢の最後に、一体何を返したんだろう。

 坂上を愛してるよ、どこまでも、どろどろのぐちゃぐちゃに愛してる。
 オレのものにならないなら、手折りたくなるほどに。

「うわ、オレ、まじきめぇー……」
「かんばらぁ」
「のっうわあああああ!」
「おまえよるでもげんきなぁ」

 背後霊のように気配もなく背に立っていたのは、坂上だった。
 ドキドキしている心臓はまじで口から飛び出るかと思ったし、一瞬血流が逆方向に向かったんじゃないかって言うほど脈がおかしくなった。
 坂上はオレと同じように首を動かしながらあーとか、うーとか言っている。
 たぶん、体が痛くて目を覚ましたんだろう。

 喧しい心臓を抑え、はぁああと深呼吸して坂上と向き合った。
 寝ぼけ眼の坂上は大きな欠伸をもらしてすこし、普段よりも幼い雰囲気があった。

「……喉かわいた」
「お茶飲む?」
「んー」
「坂上?」

 寝ぼけた眼差しがオレに向かう。
 かんばらさぁ。眠気を孕んだ声は普段よりも舌ったらずで、知らずに喉を鳴らした。

「な、に」
「神原、なに自分で自分のことさぁ、きもいとか、言ってんの」
「あ、いや、あれは、」
「おまえのこと馬鹿にしていいの、俺だけだから、おまえ自分のこと悪く言ってんじゃねぇよ、ばか」

 は?

「眠い」
「あの、坂上、オレ」
「おまえソファ、俺ベッドな。じゃあ、寝るわ」

 バタンと音を立てて閉められた扉に不格好に手を伸ばした。
 伸びた手はそのままゆっくり下に落ち、だらんと体の横に落ち着く。
 なんで、こう。

「あいつって、天然で、きっついなぁ」

 ああ、もう、好きだな。
 坂上は何も思っていないのに、ずるいな。本当に。
 今すぐに抱きしめてぐちゃぐちゃにしたいのに、さっきの言葉のせいで追いかけられもしない。
 有無を言わさず家主にソファを進め、自分はベッドへ進んじゃったし。

「――好きだよ、坂上」

 何度も繰り返す言葉、何度も言いたい言葉。
 でも今度は、さっきよりも綺麗な心で言えた気がした。



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