『神原くんって、坂上くんのこと好きなのによく我慢できるね』
『……え、あの、安達くん?』
『見ててすぐわかるよー。だって、神原くんわかりやすいからさぁ』

 その日は、調理実習で確かハンバーグとか、肉だんごとか、そういうものを作っていたと思う。
 オレは自分でヘタレだなぁとか、情けないなぁとか、考えてたけどまさか自分の坂上への感情が漏れているなんて一ミリも考えてなかった。
 だから、同じクラスの安達くんにそんな風に唐突に話しかけられて、驚くことも出来ず、間抜けな顔を作るしかできなかった。

 安達くんはクラスの中でも大人しくてあまり目立たない。
 でも、クラス委員とかに進んで手を挙げる様な人間で、気付けば人の役に立つような縁の下の力持ちタイプの人間だった。
 オレはそんな安達くんを見て、ああいう人間って本当にいるんだな。と、人事のように考えていた。
 安達くんの印象はその程度で、あとは、坂上と仲がいいってことしか知らなかった。

『神原くんって、坂上くんのどういうところが好きなの?』
『え、いや、ちょっと、安達くん』
『ん?』
『え、なん、え?』

 呆けていた頭が事実を咀嚼し理解した頃には、赤面すればいいのか、蒼白すればいいのか顔の表情も悩んでいた。
 あっけらかんと吐き出される安達くんの言葉には嫌悪は感じない。
 純粋に好きな人間の好きな部分を聞いているだけだ。でも、話している内容は同性愛だ。
 ここは確かに男子校だけど、そんな風にあっさり吐き出す人間は少ない。

 認めたら、オレがもし、認めたら。
 別にオレが馬鹿にされるのは構わない。想像しかできないけど、面倒だし、時々怖かったり、寂しかったりするかもしれない。でも、オレのせいで。

 坂上に、迷惑がかかったら。

『――馬鹿なこと言うなよー。変なこと言われて、驚いたっつの』
『……』
『坂上とは仲いいし、そりゃ、ふざけて言い合う仲だけどさ、坂上のことは』

 友達として見てるんだ。喉まで出かかった言葉は出なかった。
 こんなに人を好きになったのは初めてで、その人のことを考えて発しようとした言葉だけど、出なかった。
 ふたをされたように出てこない言葉に、拳を握る。

 好きだって真正面から言えないくせに、こういう言葉も言いたくないのかよ。
 坂上のことを想うなら今考えたことを言うべきで、何かけりをつけたいならさっさと告白すべきなのに。
 安穏した生活に浸っていたい自己中心的で保身に走る自分がそこにはいた。

『神原くんってさ』
『ん』
『不器用っていうより、器用貧乏なタイプだよね』
『……そーかも』

 誰よりも坂上が好きで、否定も肯定も出来ないけど顔にはしっかり出ている。
 安達くんは苦笑を浮かべながら、掌の上の肉の塊をフライパンに乗せていた。
 坂上は教室の隅で食う専門と言い張る他の人間と一緒に、ケラケラ笑いながら出来上がるハンバーグを楽しみにしていた。

『おれね、神原くん』
『んー』
『神原くんと坂上くんって、案外似た者同士だって思うんだ』
『いや……似てないよ。だって坂上すげぇ正直だし』
『んーん、似てるよ。だって、おれ二人好きだから。よくわかるよ。みてたからさ』

 フライパンの上でじゅーじゅー音を立て、香ばしい匂いを生み出している肉の塊をひっくり返しながら、安達くんは小さな音を呟く。
 その言葉の音の真意にオレはどう気づけばいいのか分からず息を飲み込むしかできない。

 安達くんは、オレが?
 それとも、坂上?

『二人が好きってことだよ。おれ、付き合ってる人いるし』
『……え』

 教室中に充満する肉のにおいに、だだっ子の食う専門組はこちらを急かしている。
 でも、そんな言葉は聞こえなくて、オレの視線は安達くんに固定されていた。


『内緒、な』


 ――ああ、きっと。
 オレの今言いたい疑問や、オレ今の煩悶や、オレの今の葛藤は。
 全部ではないかもしれないけど、彼にはわかるもので。

『うん』

 オレはその事実に泣きたくなって、オレは安達くんの存在に嬉しくて、助けられたんだ。


『だからさ、分かるよ。神原くんの気持ち。踏み出せないこと』




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