じっと、磯山先生を見る。 母さんが出て行き、二人だけになった会議室。おれは疑問のまま、磯山先生に視線を伸ばした。 親の負担や今後のおれの事を思えば、おれ自身磯山先生の提案に諸手を挙げて賛成だけど、一体どうして先生がそんな風に思ったのか、おれは分からなかった。 面倒だろ、普通。 おれは、なんていうか、同情や偽善? とか、そういうのは良く分からないけど、ただ、自分が行う側だったら面倒だって思う。 他人から思えば、おれの考えって冷めてるというか、酷いっていうか。 マイナスイメージだって理解している考えだけど、おれは自分でそういうものが出来ないと思う。 磯山先生は、正直な話そういうものがおれと真反対。大嫌いだと思う。 おれは好きじゃない。無関心だ。 誰かが言っていた、好きの反対は嫌いじゃなくて、無関心だって。 おれはそうかも、と思って以降反対語としては間違っているそれを利用している。 「先生って、おれを同情もしてないし、偽善も振り回さないよね」 「……おっまえ、そういう毒吐くように見えねェのに、言うねぇ」 「毒だって分かってないからです」 「一番性質が悪ィな、それ」 軽く笑い、先生は胸ポケットから煙草を取り出そうとし、手を止めた。 吸わないのだろうか。別に、おれは特に気にしないから吸えば良いのに。 そう言おうとしたけど、口を開く前に「羽月はさ」と、磯山先生は窓の外を見ながらおれを呼んだ。 「貧乏辛いか?」 「うん。当たり前ですよ。だって、好きなゲームも、漫画も、全部売ったし」 「いいな、おまえ。俗物的で」 「あと、家の中が暗くなったし」 真直ぐに、磯山先生の視線がおれを見た。そこには何の感情もない。 偽善も、同情も、憐憫も、一切無かった。 おれはそういうものは求めていないし、求める気も無い。 「おれはね、先生。学校辞めるのも辛いし、バイトも結構辛いけど、やっぱり一番辛いのは家だよ。このままだと、全部大嫌いになっちゃいそうで怖いんだ」 「おお」 「だから、先生の傍にいたい」 逃げるために、おれは先生を利用する。 磯山先生が何を思っておれを家に連れて行こうとするのか、それはおれには分からない。別に、分からなくてもいいことだ。 母さんも、父さんも説得する。 おれ一人分の生活費が減るだけの微々たるものでも、その微々たるものが生活の糧になる。 おれはバイト代を家に入れればいい。磯山先生には家事能力を提供すればいい。 将来、きっとそのお金を返すから。だから、今は逃げなきゃ駄目だ。 「よろしくお願いします」 「――気が、早ェよ」 何故かその声が、少しだけさびしそうに聞こえた。 その日の夜、家族会議が行われた。 家が背負った借金は500万円。もっとあったけど、色々売ってその金額になった。 父親は普通のサラリーマン。なんていうか、人が良さそうな雰囲気が子どものおれでもわかる。 母さんは専業主婦だったけど、おれが高校入学してパートを始めた。 貯金はゼロ。物もゼロ。持っている物は小さな一戸建て。 いっそ、売り払って引越ししようとも案が出たけど、土地の料金や、家の料金を諸々計算しても清算は出来なかった。 磯山先生のことは、前から話していた。 素行云々は運よく話しておらず、面白い先生だという事だけ親はインプットしていた。 おれの学校生活の事も良く見てくれてて、母さんはそれが好印象だったみたいだ。 父さんは渋っていたけど、勉強の事や、高卒になるか、大卒になるか、そういうものを考え、磯山先生の案に乗る事にした。 見たくないんだ、もう。 父さんと母さんの困った顔も、辛そうな顔も、おれは見たくない。 罪悪感を、無力感を、二人は感じているかもしれないけど、親不孝なおれはここから逃げられることに安堵を覚えるんだ。 すごいな、借金って。なんていうか、色んな価値観を一気に変えてしまう。 教えられた磯山先生の携帯電話にメールを送った。 『よろしくお願いします』 会議室で言った言葉と同じもの。 さびしげな声音は、おれの耳には聞こえなかった。 |