「いそやーん」
「志岐ィ……てっめ、その呼び方やめろっつったろ」
「いいだろ、愛称。冴え渡りすぎだよなオレ」
「はい、世界史成績1決定」
「死ねクソ教師!」

 廊下で、変な光景を見た。
 おれのクラス担任の磯山先生が、学校の中で一番怖い生徒……ってか、不良の志岐センパイと話してた。
 しかも、どっちかといえば主導権は磯山先生の方が握っているような口調だった。
 志岐センパイって、そういえば和泉をフッたセンパイだよな……。

 じっと二人の様子を観察する。
 なんていうか、同じ男からすれば少々妬ましい二人組みだった。高い身長、すらっとした体躯、均整の取れている筋肉。
 おれは成長期で、まだまだ背も高くなる予定だけど、正直あの二人みたいになれるとは思ってない。
 羨ましいなぁ。何食べたらああなるんだろ。肉かな、やっぱり。
 でもおれ、肉食える金ないしな。そういえば……肉を最後に食べたのいつだっけ?

「あ? 羽月じゃねぇか」
「お。ちびっこいな。一年か」

 悶々と考えていると、磯山がおれの存在に気づいた。
 先生とセンパイの前だから一応頭を下げてみる。二人とも気にした様子はなく、そのまま話を続けていた。

「志岐、お前あんまり見るなよー。存在が毒だ」
「磯山ァ…!」
「いや、毒じゃないですよ! 普通にかっけぇです!」

 両手を拳の形にし、力説するように言えば、磯山先生と志岐センパイは間抜けな顔をして、そして、表情を変えた。
 磯山先生は呆れたものを見る目で、志岐センパイは爆笑していた。
 いや、だって、そうじゃん。
 志岐センパイみたいにおれもなってみたい。

「羽月、阿呆だとは思ってたがお前なぁ……」
「いいじゃん。オレこういうタイプ好きだぜ。裏表無さそうな感じがイイ」
「お前の好みは知るか。オラ、羽月てめぇ次は俺の授業だろ。地図取りに準備室ついて来い」
「ええー……おれ、日直じゃないのに」
「そこにいたお前が悪い。バッドタイミング、おら、志岐も授業だろ」
「現文はサボるんだよ」

 そう言いながら踵を返したセンパイは「頑張れよ、羽月クン」と、軽く手を振っていた。
 うっわぁ…! うっわぁあ!
 ちょうカッケェ! 志岐センパイって超カッケェ!!
 そりゃ和泉が惚れる人だよ。
 仕方ないよ、あんなにかっこよかったらそりゃ惚れてしまうよ!

 男にも女にも、志岐センパイは好かれてしまう人だ。
 なんていうか、見た目も当然だけど、清々しいかっこよさがあった。
 おれも、あんな風になれるかな。二年後は志岐センパイみたいになれるかな。
 じっとセンパイの後姿を見つめていたら、べしっと磯山先生が持っていた教材でおれの頭を叩いた。

「あまりあいつと関わるなよ」
「へ?」
「正確には今の志岐と、だ。……機嫌悪そうにしてまぁ」
「……良さそうだったけど?」
「だろうよ」

 羽月クン。そう呼んだセンパイを思い出して首を傾げた。
 機嫌が悪そうには見えなかったけど、先生にはそう見えていたのか?
 初見のおれと、少なくとも三年目の付き合いになる磯山先生とでは感覚は違うと思う。でも……普通に笑ってたけどなぁ。

「ま、知らないほうがいいこともあるって事だな。大体、羽月はそんなもんより大事な事があるだろ」

 その言葉で思い出す。三者面談を磯山先生から言われていたことを。
 こくりと頷けば、ぐしゃっと頭ごと掌で包まれた。
 撫でるじゃなくて、掴む行動に脳味噌が揺れるほどがしがし動かされた。
 たぶんそれは磯山先生なりの気遣いだと思うけど、おれからすれば首と頭が痛いだけの行為だった。

 煙草臭いし、おっさんだし。
 文句を言いながら漸く放してもらった腕を見上げれば、磯山は少しだけ、笑っていた。

「……なに、先生」
「いいや。羽月はそのままでいればいいと思ってな」
「意味がわかんない」

 めんどくさいからな、志岐は。
 磯山先生はそう言いながら準備室に足を向けた。
 おれはその意味がよく分からなくて、聞こうと思ったけど、頭上で予鈴が鳴り響き、聞くタイミングをすっかり逃してしまった。



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