子どもだからって侮るなかれ、だって、おれも男だ。
 そりゃ、まだ小さいし、体だって薄っぺらいし、自分の感情にも気付かないけど、それでも先生を好きだ。
 好きな気持ちに子どもも、大人も、関係ない。

「――あのな、煽るな」
「煽りますよ。だって、先生変なこと言うんだから」
「悪かった、そこは悪かった。だから勘弁して下さい」
「嫌だ。だって、大人って理由で逃げてるだけで、先生は」

 最初から、おれは余裕なんて持っていない。
 自分の感情に気づけないから余裕もなにもないのだけど、でも、感情に気づいたからわかる。
 おれは冬島先生に嫉妬してたんだ。好きな人が、別の人を見ているのは男でも、女でも、おれはいやだ。
 冬島先生が秋人先生の人生を変えた、先生を先生として育ててくれた凄い人だってわかっても、それでもいやだった。

 おれは、自分がとても無欲な人間だって思ってた。

 平々凡々な人生を望んで、親や、友達に、当たり障りなく接して生きていればいい。そんな楽な生き方で満足できる人間だって思ってた。
 貧乏を味わう前も、貧乏を味わっている今も、それは楽だと思っていた。

 でも、出来ない。
 先生に関わって、おれは初めて欲しい人ができた。好きだって言われる可能性なんて皆無だって思ってて、自分でも気付かなかった。
 触れた唇が熱を持つ。勢いをつけすぎて、唇が少し切れていた。

「おれは、先生とキスしたいしセックスだってしたい。我慢なんて、絶対」

 させない。させて、たまるか。
 他に欲しいものはない。だから、先生の全部がほしい。
 そう、言いかけた言葉はおれのキスなんかよりも勢いがあって、獣のようなそれに塞がれた。

「んんっ!」

 最初から、舌が入り込んできた。生温かく、肉厚的なそれは口の中を蹂躙する。
 上あごを舐め、舌を根っこから舐め切るように奥まで延ばされる。
 開いた唇から唾液と、聞いたことのない自分の息が聞こえた。鼻を抜ける甘い甘い呼吸は、先生のワイシャツに吸い込まれる。

 好きだ。
 好き。
 先生が。

 大人の矜持とか、知るもんか。
 おれに告白させたのは先生で、了承したのは先生で、おれを、おれを預かったのは先生の決断なんだから。

「俺だって、逃がさないっつの」

 獰猛な獣の熱をたたえた眼差しがそこにあって、おれは身震いした。
 欲しいと思ってるのは、おれだけじゃない事実がそこにあったから。




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