唐突ですが、おれの身の上話をしてもいいでしょうか。

 羽月春樹、柚木川高校一年生。得意なものは料理、洗濯。苦手なものは掃除。
 家は母親と父親の両親と子ども一人の一般家庭で、まあ、今年の春までは至って普通の学生として過ごしてきた。
 入学した高校には一般高校よりも、ホモやらバイやら特殊すぎる人達が多少多かったことは誤算だけど、男子校だからかな? で、納得した。
 そう、おれの問題というか語りたい身の上話はそんなホモ話どころじゃなかった。
 はっきり言って、ホモやバイに好かれて困ってる。
 そういう、問題の方がまだ良かった。

「(どうしよう)」

 一週間前に話された父親からの話がずっと渦巻いていた。
 借金、株で失敗、家族会議でこれからどうするか。
 華々しい高校デビューは虚しくも散り、おれの初めてのデビューは貧乏デビューだった。



■ □ ■



 一年C組、クラスプレートを確認して教室に入った。
 この間の体育祭でクラスは一致団結をし、賞品である焼肉食べ放題のために気合を入れたけど、残念ながらやっぱり三年には勝てなかった。
 今更だけど頑張ってれば良かったと心底思う。
 もう焼肉なんて食べられないかもしれないから。
 ざわざわと騒がしい教室に足を踏み入れ、目の合うクラスメイトだけに挨拶をして自分の席に座った。

 隣に座っているのはクラスの中でも美人、あ、いや。一年の中でも美人な少年。
 和泉かなで。
 体育祭後の席替えで隣になった。地毛だという薄い色素の髪に、明るい瞳の色は天使みたいだ。
 一度、そういう風にストレートに言ったら嫌な顔をされた。
 どうやら和泉にとってそれは褒め言葉じゃないらしい。美人だけど、中身は男前だ。

「和泉、はよ」
「おはよ、羽月」

 和泉は体育祭の後から元気がない。もっと正確に言えば四月の終わり位から元気がない。
 噂では、あの志岐先輩に好きだって言ってフられたらしい。
 借金苦のおれはホモとかどうでもいいし、フられたとかもどうでもいい。でも、隣の席の人間が元気が無いのは少し、嫌だ。
 学校生活だけでも明るいものにしたいし、隣の人間が落ち込んでたらやっぱり気になる。

「和泉さ、宿題してきた?」
「うん。だって担任の宿題だから怒られたら面倒」
「…あれ。担任のだっけ」

 和泉を和ませるために言った言葉におれの意識が少しだけ遠のいた。
 一年C組の担任である磯山秋人は厳しい先生でも、怖い先生でもない。
 ただ、課題が他の先生よりも多い教師だった。つまり、忘れ物をしたら倍の課題が出る。

 最初はアッシュグレイの髪色はホモの生徒に人気の色で、黒縁眼鏡でだらしない姿も妙に受けていた。
 気だるそうな雰囲気がかっこよくて、青臭さがすっかり消えた大人の色気があるらしい。
 おれには良く分からなかったけど、そんな噂もすぐに消えることになる。
 磯山は一言で言うならおっさんだった。
 言葉を更に飾るなら、正におっさんだった。

 酒、煙草、ギャンブル。二日酔いで授業を行い、職員室にある喫煙席でスパスパ吸い、昼休みにはイヤホンと新聞片手に競馬だ。
 顔は悪くない。むしろ三十路を過ぎてるのにどこか若々しさがある。
 無精髭もどこか磯山を飾るポイントにも見える。おれはひげがなかなか生えない体質だから、磯山先生は少し羨ましい。
 が、職員室で教頭に競馬関連で叱られている姿は大人として情けなかった。

「…仕方ないな。ほら、俺の見せるから」
「ありがとう和泉!」
「そんな事言ってないで、さっさと写しなよ。磯山来ちゃうよ」

 笑った顔は女の子みたいに可愛い和泉に、少し照れて課題を預かった。
 おれが元気付けなくても、和泉は強いのかもしれない。へらっと笑ったら「ばか」と、もう一度女の子みたいに綺麗に笑った。




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