(磯山視点)

『本当に、善意?』

 生徒じゃなかったら、悪いが、結構な力で殴っている言葉だと思った。
 羽月春樹に対し、俺が持っている印象は好意でも悪意でもない。昔の自分を見ているようで、全く違う存在を見ている。
 他の生徒とは確かに違った見方をしている事は、認めよう。
 けれど、気にかけている存在にまさかそんな言い方をされるとは思わなかった。思わなかったと思った自分に気づいて、気分が悪くなった。

 好意に対し、羽月が好意で返すと無意識に考えていた。

 うっわ、最低。
 そう、思った。好意を示して好意で返されると本気で思っているのは、子供のうちだけで、あとは傲慢な大人だけだとあの頃、そう思っていたからだ。
 成長というか、老いというか、人間の変化は嫌なものだと本気で感じた。
 青臭く、新芽のような時代……とは、いえないが、少なくとも衰えていなかった時の感情とは裏腹に、思考は老い、大事なことを忘れてしまう。

 羽月春樹は愚直と評すべき、馬鹿だ。
 言いたいことを吐き出し、悪いと思わずにすべてを伝える。ある意味、本当に性格が悪い人間よりも悪い。
 純粋に毒を吐き出される、それはつまり、羽月の感情の姿のままだ。
 それを羽月自身も知っている。知りながら、直そうとはしない。

 それなのに、思わず俺が最低だと自分で自分の感情を指摘しまうような言葉を羽月は吐いた。
 あいつは何よりも自身の性格を理解している。
 伊達に15年間自分の性格を貫いていない。だから、面倒事が起きないように日頃言葉を選んでいたはずだった。
 少なくとも、羽月は俺のことを嫌っておらず、むしろ感謝している立場だ。そんな羽月が、俺に暴言を吐いた。

 それはありえないことだった。
 羽月にとって、あってはならないミスだった。

 善意かどうか、あいつにとってそんなものはどうでもいいはずだ。それなのに、告げてしまった本音。言ってしまった感情。
 善意であって、ほしかったのか?
 もしも、俺のエゴから吐き出された行動だったら、どうだったんだ。
 羽月春樹に対し、同族の意識を持ちつつ、それでも素直に生きるあいつに少なくとも尊敬をしていた。腐らず、前向きに、出来ることに手をつける。


 善意?


 一人の生徒に固執していると、なんとなく理解している。
 似ているから、同じだから、凄いと思うから、同じ思いをさせたくないから。
 様々な感情をかき混ぜ、そうして家に置いている子供。その子供の吐き出した言葉にここまで考えさせられる。
 善意も悪意も羽月には関係なかったはずだろ、そんなキャラじゃないだろ、おまえは。

 浮かんだのは、あの日のキスだった。
 何故だろうか、驚き目を見開いた少年の顔がまぶたの裏に焼きついていた。

 結局のところ、俺には善意も、悪意も、エゴも、あったんだろう。
 損得勘定なしには大人として、行動できなくなってしまっている。けれど、俺はまた悪い大人で、今の羽月を見ていて一切悪いと思っていなかった。

 結果として、同じ年の頃、同じ経験をしながら、まばゆく世界を謳歌する存在を、手に入れたかっただけだから。




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