先生が好きなんだ、おれ。 すんなりと、その感情は初めてなのに認められるものだった。男とか、先生とか、頭になかった。 おれが一番不思議だったのは、どうして先生をこんなに気にしてしまうのか。ただ、それだけだったから。 人を好きになるのって、案外あっさりしてるんだなーって、思う。 佐奈さんの言葉を聞いて、あ、そっか。なんて思ってしまったし。おれにとって、好きって感情はそういうものだった。 かなでや、他の人はもっとこう、好きすぎて一直線! みたいな感じだから、おれも人を好きになったらそんな風になるって思ってた。でも、現実は違う。 おれは先生が好き。初めて、人を好きになった。 初めて、自分のことを知ってほしいって人に会った。 先生が好き。そう気づいて、その後に思ったのは「で、どうするんだ?」だった。 おれの感情はおれ自身が理解できた。でも、だからって先生との間に広がった溝は別に埋まらないし、おれは埋めたいって考えているのかわからない。 このままの距離が一番都合がいいし、平々凡々に暮らしたいって思いは変わらないおれは、先生に好きって思いを伝えるつもりは欠片もない。 言って、どうなるかなんて目に見えている。言って、壊れることが分かっているのにどうして伝える必要があるんだ。 臆病なのかな、おれ。 ちょっと、違う気がする。たぶんおれは臆病っていうよりも、嫌なんだと思う。 自分の世界が、変わることが。 「重い―」 「あのね、俺のほうが多いって知ってる?」 「かなで様さすがです!」 「……何があったか知らないけど、後で一発殴らせてね」 「ひどい!」 社会化準備室イコールおれが当番。 そんな公式がすっかり成り立っていたクラスの中、さすがに今朝のこともあり、先生と一対一は気まずいから、かなでについてきてもらうことにした。 普通なら購買でなにか奢ればいいんだけど、おれにはそんな金がないし、頭もかなでより悪い。 一発殴らせろ。たぶん、それはおれに気を使った言葉で、でも、対等に接してくれている言葉だ。 かなでの隣は居心地がいい。先生とは違う居心地の良さだ。 両手がノートで塞がれていなかったら抱きついているところだ。おれ、金や頭はないけど、かなでの傍にはずっといたいなぁ。 言いたいことも言えないし、言わないけど、それでもかなではどこかで知っていてくれる。黙ったまま、促してくれるから。 「まあ、何があったか知らないけど俺ができるのはここまでだから、後は自分でしなよ」 「なにが?」 「春樹がそれでいいなら別に」 「……おれは、このままでいいんだ。だから、かなでともこのまま」 何の解決にもなってない薄っぺらな言葉だって思うけど、仕方ないじゃないか、本当にそう思うんだ。 へらっと笑ったらかなではわかりやすい溜息を吐きだした。 その溜息が合図のように目の前に社会科準備室のプレートが立ちふさがった。 慣れているのに、なぜか入りづらい。 でも、まあ、かなでがいるから平気だろう。そう思って失礼します。の、言葉と一緒にガラッと部屋の扉を開いた。 そして、同時に頭に凄い痛みが走った。 「いででででででえええ!」 「ウェルカム、くそがき」 「いだいいだい頭つぶされるミシミシ言ってる!」 容赦ない力で、教室に入った瞬間頭を握られた。 怖い! 痛い! 死ねる! でも、その間にかなでと先生は普通に会話してる恐ろしい! 「せんせー、俺行ってもいいですかー」 「荷物置いてけ。全部」 「春樹も?」 「荷物を、おいてけ」 そう言われたかなでは「じゃあね」と、かわいらしい笑みを浮かべ、さっさと教室から消えてしまった。 ぴしゃん閉じ込められた部屋、閉め切られた教室。 頭を握っている先生の手、落としたノートが汚い部屋に広がる。 振り向くことも叶わず、一気に静かになった部屋は嫌な空気に包まれた。 |