「いそやんと喧嘩したのか」
「……普通、一緒に暮らしてるとこにツッコミ入れませんか?」
「ああ、オレそういうの気にしねぇから」

 チャイムが鳴っている屋上で、センパイは購買で買ってきたジュースを飲んでいた。
 志岐伊織って名前だけでも恐怖の対象だと言われてるらしいけど、友達のかなでがセンパイを好きだからおれはそういう目で見られない。
 それに、おれの手にはセンパイから貰ったガムがある。物をくれる人に、悪い人はいないよな! 

 センパイは、ある意味人生経験豊富そうだからおれは磯山先生のことを話した。
 ある程度掻い摘んで話したけど、ふぅん。と、それだけだった。
 こういう態度はありがたい。興味が無い。そんな人に話だけ聞いてもらうのは楽だから。

「なんつーか、おまえ」
「あ、羽月です」
「あっそ。あれだな、羽月って面倒くせぇ性格してんだな」
「よく言われます」
「まあ、いそやんもおまえの考え通りの人間だと思うけど。おまえの主観と、いそやんの主観じゃまた違うんだろうよ」

 不良って、みんな怖くて、頭悪い人なんだと思ってたけど志岐センパイはどこか違う。
 黒い髪の合間から覗く赤色を視界に入れ、おれはそう思った。
 なんだかんだ、真面目に話を聞いてくれている。
 ジュースを飲みながら、センパイは煙草を取り出そうとして、おれを見て止めた。

「別に平気ですよ。先生いつも煙草臭いし」
「あーいや。禁煙してんだ、気にすんな」
「?」
「オレのことはいいの。で、羽月はさー、どうしたいわけ? どうなりたいわけ?」
「おれは、」

 ただ、平凡な人生で、凡庸に生きていたいだけだ。
 誰ともぶつからず、慎ましやかな人生を謳歌したい。些細過ぎる考えだと自分では思ってる。
 でも、それを言えば、志岐センパイは「馬鹿じゃね?」と、けろりとした様子でひどいことを言ってきた。
 そりゃ、センパイみたいにかっこよくて目立つ人からしたらそうかもしれないけど、おれみたいな普通の奴はそういうものが夢でも馬鹿じゃないだろう。
 理解できず、首を傾げたらセンパイはあきれた顔で言葉を放った。

「おまえ、自分の考えを理解してほしくて、自分を見てないいそやんに気づいてほしくて本音ぶつけたんじゃねぇの?」
「いや…あれは、無意識とか、無理矢理言わされて」
「馬鹿じゃね? 話に聞く限り、おまえ親にもそういう部分見せてねぇのに、いそやんに気づかれるほどだだ漏れだったんだろ」

 目を見開いた。
 センパイは話を続ける。

「それってさ、おまえが無意識にいそやんに知ってほしかったんだろ。てめぇの、こと。だから自分を見ない理由を知りたかったんだろ」

 酷い頭痛に襲われた気がした。
 何も言えないおれに、志岐センパイは笑った。
 何も言えなかったのは、それは、おれ自身が気づいていなかった本音がそこにあったからだ。
 さらけ出された言葉に、昨日先生に向けて言った言葉が頭の中で繰り返される。
 そんなおれに、とどめの言葉。

「少なくとも、いそやん相手におまえは凡庸には生きられねぇよ」



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