(磯山先生:視点)

 俺の目から見る羽月春樹を語るのならただ一言「馬鹿」だ。
 愚直で、そのくせ疑り深い。人を信じることが面倒で、人を傷つけることが大嫌い。
 いうなれば、ただの、馬鹿だ。
 人を傷つけることが怖くて言えないのは、面倒で言葉を発せないのはイコール、自分が傷つきたくないから殻に篭っているだけの馬鹿だ。

 馬鹿の癖に、色々気にする。

 俺の家の事、自分の家の事、先輩と同級生の事。
 傷つきたくないのに近づく。
 肩肘張って生きていて、周囲を見ているのに頼らない。近づいても触れ方も、距離の測り方も知らない。
 馬鹿だろ、本当。

「おまえね、泣く要素ないだろ」
「汗か鼻水です」
「阿呆」

 泣く顔には戸惑いがあった。たぶん、自分でも泣いてる理由がわからないんだろう。
 男が簡単に泣くな。
 普段の俺なら容赦なくそう言うだろうけど、こいつの場合、泣くのが遅すぎだ。
 親が借金のせいで変わっていき、生活も変化して、倒れる寸前までバイト生活。

 昔の俺は、弱音ばっかり吐いていた。

 羽月のように、努力とか、親のためになんて考えは一片もなかった。
 まあ、親のせいもあるのだろうけど。

「――俺の親な、ギャンブルで借金作りやがってよォ」

 自動販売機の下に腕を突っ込んでやるぐらい、金がなかった。
 でも俺は困った事はない。学校にも行かずに、バイト三昧だった。そのバイトが、ホストだけど。

「……磯山先生って、不良だったの?」
「ちっげぇよ。やんちゃだっただけだ」
「……やんちゃを辞書で調べてみる」

 年齢偽ってたのは、きっと向こうにもばれてる。
 でも、女受けがいい顔だったし、軽薄なフリは簡単だった。つまりは、客受けが良かった。
 利害関係の一致。俺も店も、金がほしい。
 家にも帰らず、フラフラ街で女を捕まえて遊び歩いて、金を稼ぐ。
 高校生から腐った生活をしていた。それしか、知らなかったからだ。

「もしかして、この学校のバイトの規則って」
「俺が原因だはっはっはっ」
「……」
「そんな目で見るな」

 仕方ない。そう、仕方ないで、割り切っていた。
 学校行ってる暇があるなら金がほしくてたまらなかった。
 昔から貧乏な生活しか送っていなかったから、話すだけ、酒を飲むだけで金が降って沸く世界が楽しくて仕方なかった。

 羽月のように親を気遣うとか、誰かのために。
 そういうものを考えるような人間じゃなかった。

「――そういや、環と知り合ったのもそのときだなぁ」
「オーナーと?」
「おお。あいつは貧乏とかじゃなくて、フッツーに、不良だったな!」
「うわぁ……親子二代なんだ」
「和山は可愛げがあるな、まだ。あいつむしゃくしゃして校舎のガラス全部割ってたし」

 そういう、馬鹿みたいな俺や、馬鹿みたいな環に周囲の人間は逃げた。
 顔だけ目当ての女、妙な崇拝をしてくる後輩、周囲にいたのはそんな人間。
 ただ、あの人、だけは。

「変わったやつが、いてな」
「変わった人?」
「冬島国彦って、教師。俺と環の担任で……おまえ、佐奈って知ってるか?」
「あ、オーナーの奥さん」
「そー。その佐奈の、親父さん」

 堕落していた俺と、環を救ってくれた教師。
 そして、俺が今現在教職に就いている原因でもある人。



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