「Zizz」のオーナーの名前は和山環さん。奥さんは佐奈さん。
 夫婦セットの姿はあまり見ないけど、佐奈さんは面接の時に話したことがある。
 優しくて、少し不思議な雰囲気の人だった。話に聞くと、ハーフで半分イギリスの血が流れているらしい。
 目が碧眼で、それは息子の和山那都センパイに引き継がれていた。

 カラン。

 扉に備え付けられているカウベルが音を鳴らす。
 店内の雰囲気に、磯山先生は視線を伸ばしていた。
 コーヒーの香りが鼻先を刺激し、流れているBGMが相乗効果で更に店の雰囲気を良質なものへと向上させる。

 そこに現れたのは、この店のオーナー兼マスターでもある環さん。
 ナイスミドル? って、表現すればいいのだろうか。35歳という年齢を感じさせない若々しさが垣間見える。
 磯山先生も環さんと同年代だけど、先生って若いのに親父臭いからなぁ。
 先生と環さんを見比べようとしたら、先生の表情が見る間に変わっていた。

「……環か?」
「秋人……?」
「先生? オーナー?」
「オーナァァァァ!?」
「先生ィィィィィ!?」
「「お前がァ!?」」

 え。知り合い?



■ □ ■



 コポコポと泡を立てているお湯の音。
 カウンター席には先生、その真正面にはオーナー。
 なんで、こんなことになっているのだろうか。なんで、こんな日に政哉センパイは休みなんだろうか。
 なんで、和山センパイが厨房で皿を割る音を響かせているのだろうか。

「懐かしいなオイ。20年ぶりか?」
「大体そんなもんだな。つーか、お前は同窓会来ないから20年ぶりなんだろ」
「環、お前行ってるのかよ……」

 楽しげに笑っている二人を覗き見する。
 お客さんの少ない時間、オーナーが知り合いと話す姿はよく見ているけど、その相手が先生というだけで不思議だ。
 先生の、あんな顔は初めて見た。
 緩んでいるというか、リラックスしているというか……。

「そういや、親父といそやんって同年代だな」
「先生って地元だったんですね」

 自分の事を話さないし、おれからも聞こうとしないから先生の過去を知ったのは初めてだ。
 誰が結婚して何人子供を産んだとか、あいつもまだ独身とか、大人同士の会話が聞こえる。
 普段、おれと先生ってアパートでどんな会話をしていただろう。
 テストの話や、料理の話……ああ、そうだ。

 今更だけど、おれ、先生と会話したこと、ない。
 おればっかりが話して先生が相槌を打つような、そんなもので、先生から話を振られた事は全然ない。
 結構図太い性格だけど、それに気づいて少しショックだった。
 おれの気持ちが先生にわからないように、先生の気持ちはおれにわからない。
 もしかしたら、おれって、やっぱり迷惑なのかもしれない。

「春樹」
「あ、はい!」
「顔色悪い」
「え、あー……ごめんなさい」
「……なんで謝る」

「自分が、悪いと思うから」

 その言葉は、背後で談笑する磯山先生に向かっていたことに、薄々、勘付いた。



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