カチ、カチ、カチ、カチ。
 風呂上り、時計を見たら時間は日付をまたごうとしていた。肩にかけたタオルで頭を拭きながら玄関を見る。
 大人の飲み会って、こんな時間まで続いているのか……。

 先生はまだ帰ってこない。
 おれは明日の弁当の準備も、朝飯の準備も終わらせてあとは布団を敷いて寝るだけだ。
 一応家主の帰りを待とうと思ったけど、この時間だ。待ってても先生に悪いだろう。
 欠伸をかみ殺し、押入れから布団を取り出す。
 いつもは先生の役割だけど、今日はおれ一人しかいないから自分でするしかない。

 一人きりだと割と広い部屋。
 当然だろう。おれがイレギュラーなだけで、本当は磯山先生だけが住んでた場所だ。
 出そうになったため息を飲み込み、おれはそのまま寝ることにした。
 久々の一人だから、思考がおかしな方向に行くのだろう。

 ピンポーン。

 寝る、寝るぞー! そう意気込んで布団に入れば、インターフォンが鳴った。
 同時に「羽月ぃーあけろー」と、情けない酔っ払いの声も。

「……先生?」
「おー。開けて、羽月くーん」
「うっざい酔い方するんですねぇ」

 玄関を開くと同時にむわっとアルコールの香りが鼻先に届いた。
 そして、そこには赤ら顔の先生がいた。……駄目な大人の典型な人だなぁ。

「やっぱ、起きてたなー羽月」
「五月蝿いし、酒臭いです」
「ひっでぇーのぉ!」

 陽気というより五月蝿い。明るいというより騒がしい。
 覚束ない足取り、呂律の回っていない口調。情けないなぁ、そう言いながら水を手渡せば先生は珍しく、へらっと笑った。
 ……先生のしまり無い顔、初めて見たかもしれない。まあ、酔っ払いだから仕方ないけど。

「風呂は?」
「んー、寝る」
「服は着替えた方がいいよ、皺になるから」
「へいへーい」
「聞いてないよこの酔っ払い……」

 寝ると言った先生は、そのままキッチンで体を横にしようとする。
 ああもう、面倒をかける大人ですよね! 脇の下に体を潜らせ、おれは重くて酒臭い先生の体をなんとか布団まで引っ張った。
 歩こうとしないし、ぶつぶつ何か言ってるし。どうしようもない人だ。

「せんせ、重い。体離す、よ!」
「んー、起きてます、寝てません」
「聞け!」

 怒鳴った瞬間、ぐらりと体が傾いた。
 そもそも、成長段階の高校生では成長しきった酔っ払いの体なんか支えきれない。
 幸い、下は布団だから痛くは無いけど、おれの上には酒臭い磯山先生の体がずっしり圧し掛かった。

 重いし、くさいし。
 半分意識を失っている酔っ払いは間抜けな声を出しながら唸っている。
 首筋に微かに当たる先生の吐息は、酒臭くて免疫の無いおれには気持ち悪くて仕方なかった。

「先生……ちょ、退いて」
「はいはい、おやすみー」
「おやすみって、せん」

 口に、何かが、当たった。
 違う。何かじゃ、ない。おれは今その正体を真正面からしっかり見ていた。
 首筋にある吐息。今ではすっかり鼾を生み出している。
 結局おれの上に乗ったままで、おれは苦しいままで。

 でも、そんなこと頭になかった。

 おれ、今、せんせいに。
 唇に触れたものは、酒のにおいがした。



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