重い。
 最近熟睡していなかったおれは、久々に熟睡をしていた。していたが、重い……!
 体の上、首の部分に何かが乗っている。死ねる。首が絞まって。ついに疲れすぎて、金縛りにあっているのか?
 動かない体を強引に動かし、目を開いた。そこには。

 おっさんのドアップがあった。

 ……理由も、経緯もわかってるけど。やっぱ展開的に、可愛い女の子が嬉しかったかもしれない。
 おっさんこと、磯山秋人先生は固い腕をおれの首の上に置いていた。
 酷い寝相だなこの人……。
 それでよく一緒に寝るって言い張ったな。あ、被害者になるのはおれだからか!

 置時計を見ると、時間はまだ五時過ぎだった。
 いつもより眠っているけど、世間でいうと起きるには早い時間だ。
 先生の腕をぐっと退けると、先生はそのまま掛け布団を足で払い除けて鼾をかき始めた。
 ……おれも年を取ったらこうなるのかなぁ。少しだけ、切なくなった。

(……まあ、世話になってるのは事実だし)

 弁当でも、作るか。
 早朝だけど久々にゆっくり寝たせいか、頭はすっかり冴えていた。



■ □ ■



 昨日、先生の好みはなんとなくわかった。
 今までカップ麺とか、コンビニ弁当だったから、明らかに手作り! って、ものに飢えているみたいだ。
 独身男性の悲しい性かな? 卵焼きを作りながらおれはそんな風に思った。
 ほぼ使っていなかった食器棚の奥から先生の弁当箱を出し、何を入れるか考えた結果、煮物や卵焼き、お浸しとか、そういうものをいれることにした。

「ふんふんふーん」

 最近話題のCMソングを鼻唄にし、フライパンのものを炒める音とハーモニーを生み出す。
 ついでに朝飯も適当に作る。まあ、弁当のあまりが朝飯になるんだけど。
 菜箸もない先生の家、割り箸片手に作っていると窓の外が明るくなってくる。

 弁当の具材を冷ましている間に学校の準備をして、顔と歯を磨いた。
 さっぱりしたところで、洗面台の鏡にのそっとした男の姿が映りこんだ。
 無精髭を生やした男の姿に振り向けば、眠たそうな眼差しが向かってきた。

「せんせーおはよ」
「……おぉ、元気だなお前」
「先生低血圧? 元気ないですね」
「年寄りを労わってくれ、羽月」

 そう言いながら、先生はおれの頭の天辺に自分の顎を乗せる形で背中から圧し掛かってきた。
 重いよ。そう言っても先生は眠そうに返事するだけだ。
 低血圧っていうよりも、たぶん寝ぼけているだけなんだろう。
 ずるずると大の男を背に抱えたまま、おれは狭いリビングっぽいところに足を向けた。

 鼻先に届く飯の香り。
 不意に背中が軽くなったかと思えば、先生はさっきまでの動きが嘘のように機敏な動きで用意していた朝飯の前に座っていた。
 現金な人だな。おれも、きっと先生の事は言えないけど。

「うまそう」
「の、前に先生言ってないことがありますよ」
「んぁ?」

 寝起きの眠たそうな眼差しがおれを見据え「ああ」と、言葉を吐き出して先生は笑った。

「おはよう」

 うん、おはようございます。



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