一応、学校にはおれと先生の事は報告した。
 一人の生徒にどっぷり関わるなんて、普通の学校じゃ駄目だと思うけど、どうにも柚木川は緩い高校で、あっさりと許可は下りた。
 でも、周りには内緒にすることにした。
 ホモだなんだと騒がれるのはおれも遠慮したいし、磯山先生はそういうものが好きじゃないそうだ。

 それにしても、本当、どうして磯山先生はおれに目をつけるんだろ?
 人からよく、放っておけないって言われるけど……そういうオーラが出てるのか?

「羽月、社会科準備室に来ーい。地図を運ばせてやろう」
「ええええ!」
「あ? プリントも運びたいって?」

 磯山先生は態度を一切変えない。
 なんていうか、教師と生徒のスタンスを守ったままだ。
 だるそうな横顔を見ながら、おれは先生の隣を歩く。社会科準備室は二階にあって、地図を運ぶのは少し面倒だ。

 先生は教材のプリントも運びたいらしく、教室の一番前にいたおれに白羽の矢が当たった。
 最初はキャーキャー言っていたクラスの男も、今では「羽月どんまい」程度にしか先生を意識していない。
 前だったら、僕が行きますよ! って、奴もいたのになぁ。
 どうしてそいつらは磯山先生から引いたんだろう。
 先生は変わったように見えないし、現実を見てうんざりしたのかな? おれは普通にかっこいいって思うけど。

「……せんせー、ここ少しは掃除しなよ」
「めんどい」
「整理整頓できない男は嫌われるよ」

 準備室には色々な種類の教材や、大きな地図がある。
 あまりの汚さに、ここは磯山先生だけの資料室になっている。
 積み上げられたプリント、本、それでもどこに何があるのか分かっているからすごい。

 手渡された地図はおれより少しだけ小さい位で、10キロの重さがある世界地図だ。
 クラスメイトがこれを持っていけと言われたとき「先生がでかいから持ってよ!」と、抗議し「年寄りは労われ」と、あっさりかわされたらしい。
 それ以降、磯山先生には口で敵わないと柚木川では暗黙の了解になっている。

「ああ、羽月。これも持っていけ」
「おれそんなに持てないよ」
「平気だ、ほれ」

 ひゅっと投げられたものをキャッチすれば、紙に包まれた銀色の鍵が掌に納まっていた。
 言われなくても分かるのは、これが磯山先生の家の鍵で、包まれた紙に書いているものが住所だろう。
 まじまじと眺めていると、先生は「荷物だけでも適当に運んどけ」と、言った。

「着替えとか、要る物は持ってこいよ」
「……」
「どうした?」
「ん……。本当に、一緒に住むんだって思って。同棲?」
「同居って言え、阿呆」

 むしろ、居候だろ。
 そう思ったけど、たぶんそんな事を言えば磯山先生は怒るから、言えなかった。
 なんとなく、先生は意図してなくても自虐のような発言を嫌う傾向だと思ったからだ。

 キラキラと銀色に輝く鍵を眺め、考える。
 高校デビューは儚く散り、貧乏デビューを果たしたおれは、初夏の香りの季節の中で同棲……じゃなくて、同居デビューも果たすことになった。
 大人の階段のぼり過ぎかもなー。



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