先輩は割と甘いものが好きだと思う。
 和泉の一件以来学校帰りたまにファミレスに行くけど、おれは基本的にブラックコーヒーで、先輩は気分次第で色々だ。でも、大半が甘いものを食べている。
 パフェ、ケーキ、プリン…アイスはまだ大丈夫だけど、パフェは無理。きつい、死ねる。ってか、明らかに美形で目つきの悪い男が週一のペースで甘味を貪るのはどうなんだって思うんですけど。
 本人が美味そうに食べているからいいけどさ。
 おれだって最初から甘いものが苦手だったわけじゃない。むしろ、大好きだった。小学生のときは普通に食べてたし、チョコレートやアメも大好きだった。
 中学ぐらいから急に苦手になって、もう、色んな意味でバレンタインは地獄だったな…。要らないし、貰えないし、食えないし。

「……先輩って、まじ好き嫌いないッスよね」
「あるっつの。でも甘いものは割と好きだな。女が一緒だとウザくて食えねぇけど」
「なんで?」
「意外っつー顔で見て、自分も食いたいとか言うから」

 おれからすれば至極羨ましい状況ですけどね。
 どれ程苦手なんだ? そう言い先輩は長いスプーンの先をおれに向ける。勘弁してくれ。
 甘い生クリームの香りが鼻先に届いて慌ててコーヒーに手を伸ばした。
 最近は甘いものが好きな男も増えているって言うけどさ、おれはそこに入れない。フルーツみたいな甘さなら耐えられないことも無いけど、生クリームやチョコは絶対に無理だ。

 まあ、先輩は余裕でそこにも入れるし、入らなくても堂々と食えるみたいだけど。
 赤いメッシュの男がイチゴパフェを食べている図はなかなかにシュールだけど、もうそれも慣れた。店員の女の人も最初はおれにパフェを持って来ていたけど、今では普通に先輩に運ぶ。
 最初はコーヒーと抹茶パフェを間違えて出されて、目の前で交換したんだよな…。

「牧野って損してるよな、苦手な食い物多くなるだろ」
「まあ…昔食えてたんで美味いのは分かってるんですけど……」

 どうにも匂いで胃の辺りがムカムカしてしまうのだ。だから我が家ではおれの誕生日はケーキを出して祝うことも無い。
 空っぽになったカップを見て店員のお姉さんにコーヒーのお替りを告げる。志岐先輩はその間もせっせと生クリームやらイチゴ、チョコレートを口の中に運んでいる。
 どうも体育で腹が減っていたらしく、とにかく甘いものが食べたかったらしい。空腹時に甘いもの腹に入れたら死ぬだろ普通。
 がつがつと丼物を食べているようにしか見えない男らしい食べっぷりをする先輩をじっと見ていると、スプーンに触れている手に白いものがついていた。

「先輩、手に生クリームついてるッスよ」
「ああ? あー、ほんとだ」
「子どもスかあんた」
「……お前本当オレに容赦なくなったよなぁ」

 容赦じゃなくて慣れだと思ったのは秘密だ。
 おしぼりを手にしながら、睨まれるのはまだ怖いし、乱暴な言葉はまだ怖いと思っていることも黙っていようと決めた。
 とりあえず、このまま放置してその辺り触れば店の人に迷惑だろう。
 スプーンから手を離し、おれの渡すおしぼりを受け取ろうと手を伸ばした志岐先輩だったけど、何故か分からないがおしぼりから手を引き、おれの真正面に手を伸ばした。

「舐めろよ、牧野」



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