「雑賀国ヒューネ村代表由良です」

 魔王はそう自己紹介したおれを、忌ま忌ましそうに眺めていた。おれの想像では化け物みたいな…たとえば腕10本とか、たとえば牙がグアー! って、なってるものとか想像してたのに、魔王は案外普通だった。
 搭の入口は魔王の魔力で封じられているらしく、魔王は指パッチンで華麗に扉を生み出した。すげぇ。魔王すげぇ。そんなすげぇ魔王に案内された場所は普通の部屋だった。すぐに岩牢か、胃袋に案内されると思っていたから拍子抜けだ。

「人間は相変わらずクソ面倒なことしてんな」
「魔王…様、が五年に一度集めている話は」
「あんなもん、何世紀前の話だっつの」

 まあ、雑賀国は既に他国よりも潤んでいる国だ。こんな人身御供におれが選ばれている時点でわかりきっていることだ。
 じゃあ、おれってここから帰ってもいいのか? いや、魔王もなんかおれのことうざそうだし、雑賀国はまずいけど、隣国に引っ越せばおれも生きていけるし。
 魔王は威圧感溢れる眼差しでおれを睨み付け、不機嫌まっしぐらの声をおれに向けた。

「おい、由良…とか言ったな」
「はい」
「贄として差し出された割に、悲観的ではないのだな。今までお前みたいな奴はいなかった。ただの、馬鹿か?」

 自分じゃ分からないけど、おれには確かに学はない。平民、しかも両親が死んでいるから尚更だ。だから、たぶん馬鹿なんだと思う。
 自分が馬鹿かどうか考え込んだおれに魔王は「もういい」と、面倒そうに物を言う。 考えているのにせっかちな人だ。あ、いや魔王だ。

「しかし、まあ…。オレのものだと差し出されたんだ。由良もオレのものか」

 不機嫌そうだった顔が一変、不意にニヤッと魔王は口角を上げて笑みを作りおれに顔を寄せた。不機嫌そうな顔よりも、そういう顔の方が童話の魔王の印象にピッタリだ。呑気にそんな事を思えば、目を閉じた魔王がそばにいた。
 鼻先が触れ合い、唇にむにっとした感覚を覚えた時には、すでに魔王はおれから離れていた。唇同士が、触れた? 曖昧な感覚に首を傾げると、魔王は呆れと苦笑を混ぜたような表情を作っておれの頭を撫でた。

 そういえば今、おれってちゅーされたのか? 気づいた時にはもう遅く、おれの体は魔王の黒衣の中にすっぽり納まっていた。



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