「でけえ」

 拝啓、天国の母さん&父さんお元気ですか。おれはただいま第八十二代雑賀国ヒューネ村代表として、あの魔王の生贄として選ばれこんな場所にいます。こんな場所、つまりは魔王が住んでいるといわれている西の果ての漆黒の搭。
 周囲に獣の気配無く、あるのは枯れた木々ばかり。存在している人間がオンリーミーという切ない現状だ。共についてきた案内人はいつの間にか姿を消し、おれはここに取り残された。
 雑賀国を厄災から救うための魔力を発揮する代わりに、生贄を寄越せと五年に一度選抜されるアレに、おれは選ばれた。おれは贄、魔王は食う方。つまりはそういう人間だ、おれは。

 おれの名前は由良。平民出身だから名字はない。生贄はそういう出身かつ、親兄弟のいない人間から選ばれる。村や国からは名誉なことだと称賛されたが、どいつもこいつも他人事みたいだった。まあ、そりゃそうだろ。
 魔王の元から帰ってきた人間は今までいない。噂では、腹の中にInしちゃってるらしい。一体どんな化物が潜んでいるのか、あ、いや、潜んでいるのは魔王だけど。
 おれの17年という短い人生もここで閉幕か…。
 人生で最初にして最後の華美な服、生贄として着飾っている服の裾を汚れないように地面に着かないよう手繰り寄せながら、おれは魔王の居住であるでっけぇ漆黒の搭を見上げた。

「…で、これ……入口どこだ?」

 魔王の住んでいる搭まで案内されたのはいいけど、どこが入口なんだ?
 しばらくタワーの周囲を歩き回っていたけど、扉らしいものはない。窓すらも無いように見える。これって逃げてもいいのかな。面倒だし。見上げて嘆息すれば、誰だ。と、低く耳通りのいい声が背後から聞こえた。振り返り、視線を向ける。

 存在しているその人は、視界全てを奪うような存在感を持っていた。黒衣、口元から覗く犬歯、すらりとした体躯、金色の瞳、鴉の濡れ羽を連想させる黒髪、浮かんだ名前は。

「魔王。ですか?」



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