茹だる様な天候、暦の上では未だ初夏を迎える前なのに、既に温度計は真夏日を計測している。
 帽子を取り、それと一緒に佐伯は額の汗をぬぐった。
 暑いのか、熱いのか、判断に困る様な熱がそこにはあった。
 今年に入り一番の暑さだとテレビは伝えていたが、おそらく始まったばかりの夏は、さらに温度を上昇させるだろう。
 置いていたペットボトルにはもう水分は入っていなかった。微かな水滴は蒸発し、透明なプラスチックは無機質な色を持っていた。

 頭から水をかぶっている後輩の姿を佐伯は確認する。
 休憩時間、ぎゃあぎゃあとはしゃいでいる姿は、少し、羨ましい。
 佐伯にはそんな時間もなく、休憩時間は次に対戦するチームに関しての情報をまとめたり、マネージャーとフォームについて確認したりしている。

 時間が、惜しい。

 甲子園に向かう地元の初戦、相手校はあの夏の決勝で敗れた相手だった。
 情けなさで体が震え、憤りから唇を結んだ。どうしても勝ちたい相手だ。自分の力で、自分の指示で、四十万の、球で。
 そこまで考え、佐伯は頭を振った。四十万はあの夏、野球部を辞めた。野球を辞めた。いつまでも退部した人間のことを想っていても仕方がない。
 笑っている後輩の姿が目に入る。ホースを取り出し、互いに体を濡らし、ついでにグラウンドに水を撒いていた。

 負けたのは、俺のせいだ。
 それでも、投手をしていた四十万は、そのことに責任を覚える。
 投手は面倒な性格の人間が多い。自己中心的で、いつだって優位に立ちたくて、マウンドを譲ろうともしないで、野球を簡単に辞める様な人間じゃ、なかった。

 羨望を込めた眼差しを浴びる度に、佐伯は叫びたい衝動に駆られる。
 俺のせいだと、土下座をして謝れば、四十万は帰ってくるのかもしれない。
 そうして、ボールを握れば――きっと。

 それでも四十万は振り返らないことを知っていた。

『佐伯! 行こうな、全国!』

 そう言っていた彼が辞めた。それは、つまり。
 暑い夏が思考を奪う。ギリと噛みしめた歯から、微かに血の味がした。



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