キーン。

 白球が真っ青な世界に吸い込まれる。目は小さな白を追いかけ、追いかけ、追いかけ。
 そして、

 ――夏が、終わった。



 ミーンミーンミーン。煩わしい蝉の鳴き声が教室を、学校を支配する。
 そんな蝉の鳴き声の響く中、カキーン! と、高い金属音が聞こえた。
 窓の外では、夏の茹だるような世界の中、鬼畜としか言えない教師の行いで、体育の中の生徒が白球を追いかけていた。
 連日テレビニュースで言われている猛暑の言葉に、窓の外から窺うように外を覗く。
 必死な顔で、真っ赤な表情で、楽しそうに白球を追いかけている姿は、どこからどう見ても間抜けなものにしか見えなかった。

(あほらしい)

 四十万は窓の外に向けていた視線をずらし、騒がしい教室内に意識を移動させた。
 騒がしい教室内は、夏休み前の行楽のための言葉が踊っている。四十万はそれを耳に入れながら、机に突っ伏した。
 蝉の鳴き声、ミンミンと喧しく鼓膜を刺激するものは何年聞いても同じもので、何年も聞き続けているものだった。
 けれど、四十万にとって今年の蝉の鳴き声は、例年よりも殊更喧しいものに思えてならなかった。

 四十万の通っている学校の野球部は、それなりの実力を誇っている。
 甲子園にも連続出場しており、それを目当てに受験をする中学生も多い。
 春と夏は甲子園のニュースがテレビで流れる。ユニフォームを泥で汚し、白球を投げ、打ち、勝ち、負け、街が野球に燃える。
 街の期待を背負い、がむしゃらに夢を追いかけ、選手は進む。

「じゃあな、四十万」
「ああ」

 夕方の時刻になっても、この時期は暑さが抜けない。風は多少涼しくなるが、西日の熱に体は焼ける。
 教科書も筆記道具も入っていないぺたんこの学生鞄を小脇に抱え、四十万は校庭を見据えた。
 野球部用に空けられているスペースは広く、ネットの張られているグラウンドの中には、幾人もの人間が同じ白球を見据えていた。

 グラウンドの外には入学して数ヶ月の一年がランニングをしている。
 暑い中、響いてくるランニングの掛け声は、四十万だけではなく、学校の人間ならば聞き慣れているものだ。

 じっと、四十万の視線は野球部に向かっている。
 蝉の鳴き声から夕方、ひぐらしの鳴き声が聞こえる。西日の光によって長く、長く校庭を染める四十万の影は遠くまで伸びていた。
 四十万の背からは校舎から出てきた生徒が帰宅のため、どんどん彼を追い越して正門から帰っていく。
 グラブに収まるキャッチボールの音を何度も、何度も耳に入れ、四十万は真直ぐ正門へと足を伸ばした。

 カーン!

 甲高い、まるで悲鳴のような金属音が四十万の後ろに響いていた。



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