ごっ。鈍器のようなもので容赦せず殴打されたかのような鈍い音が周囲に響いた。
 目の前には悶絶している男がいる。
 変わらない姿に安堵と、じわじわと涙腺が緩んでくる。久々に呼ばれた自分の名前に、不覚にもかなり嬉しく思った。
 殴った手が、痛い。じわじわ視界が霞んでいく。会えた、聞けた、呼ばれた。
 腕を伸ばしたらそれよりも力強く抱きしめられた。薬臭い。相変わらず実験好きみたいだ。
 変わってない、変わってない、ぐりぐり頭を胸板に擦りつけたら笑われた。背中に伸びた腕が心地いい、おれの背が伸びて少しだけ変わった視線。
 見上げた場所に、リュトがいた。

「……戻ってくるなよなぁ。幸せふいにしやがって」
「おれの幸せはアンタの傍で生きることだ」
「ははっ、スッゲー殺し文句」
「笑い事じゃねぇ。おれは、おれはずっとリュトといたいんだ」

 嫌われたんだって、邪魔になったんだって思った。ずっと。会わないほうがいいんだって思った。ずっと。
 それでも会いたい衝動は抑え切れなくて、言いたい言葉は止められなくて、おれの感情はとめどなくて、ただ、この場所に戻りたかった。
 会いたかった、好き、好きだ、どうしようもなく溢れ出てくる。
 抱きしめた腕は離さない。涙でリュトの服が汚れたって気にしなかった。

「顔上げろ、由良」
「……また、逃げるのか」
「アホか。…もう、オレが逃がさない」

 降ってくる唇がおれの口を塞いだ。気持ちよくて、頭がぼんやりする。声が自然に出て、背筋がゾクゾクする。
 優しいのに激しい、苦しいのに嬉しい、ぬるりとした舌が口の中で縦横無尽に暴れる。唾液が唇から零れて、顎に伝ってどんどん下に下りてしまう。
 涙が零れる。苦しくて、切なくて、嬉しくて、大好きが溢れて、今ここにリュトがいる。

「……もっと。もっと、近くがいい」
「――いいか? もう、逃がさねェぞ。逃げたいっつっても、もう、ここから出ださねぇ、出せねェ」
「いい。構わない。おれの全部はリュトで、リュトの全部もおれがいい」

 パチン。

 指を鳴らす音が聞こえた、世界の色が漆黒に支配される。おれの世界にはリュトがいる。それだけでいい。構わない。
 生贄の制度はおれで終わりだ、世界からリュトの噂もそのうち消えて、おれの噂もそのうち消える。それで構わなかった。二人でいるなら、それだけでいい。
 おれは漆黒に見初められたんだ。おれは漆黒を捕まえた。
 血肉になる為にここに来た、食われるためにここに来た。腹の中には入らずに、血肉にもなれなかったけどおれはきっと、初めて会った時に、心を食われたんだ。

「好きだ、大好きだ、だから絶対離れないからな!」
「…ったく、お前こそ覚悟しろ。一回チャンスを渡したんだからな」

 そう言いながらおれを抱きしめる存在は、闇に溶け込み世界を蹂躙する存在。



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