制服越しに、肩と腕がぶつかる。
 その度におれは距離をとるのだけど、にやにや笑った先輩はそんなおれを見て身を寄せてくる。
 恥ずかしいって感情は無いのかこの野郎…!
 傘で先輩の顔は隠れているかもしれないけど、身長差のせいでおれの焦っている顔は周囲の人間にバレバレだ。
 そりゃ、他の人間も傘を差しているから、自分で思っていたよりも視線は向かってこないけど、それでもやっぱり男子高校生同士は目立つ。
 肩が少し濡れそうになる度に、さり気なく傘が傾く。
 先輩の肩が濡れている様子を視界に入れて、そんな事をされたら文句も言えない。

「……濡れてます」
「気にすんな後輩。ほら、水も滴るって言うだろ」

 ムカつくけど、かっこいい。不良のくせに、こういうさり気なさとか…卑怯だろ。そりゃ女の子にもてますよ。
 おれはどうせ平凡チェリーだよ!
 ジロリと先輩を睨みつければ、喉で笑われる。
 そういう仕草すらどこか綺麗で、男としての矜持が木端微塵になったところで、だったらよ。と、先輩は足を止めておれを見下ろした。

「お前が傘持って、オレを濡れないようにしてろよ」
「は? って、せ、先輩!」

 強引な手が開いていたおれの片手に傘の柄を握らせる。
 普段持っている傘の位置よりも高い位置に手が不自然に持ち上がる。
 一体何がしたいのか分からないまま、その体勢を維持すると先輩の開いた手が、するりとおれの肩に伸び、くっと自身のほうに引寄せた。
 一気に近くなる感覚に身を縮こまらせると、ガツン。と、間抜けな音が頭から聞こえてきた。

「……いてぇ」
「す、すみませ…って! 自業自得じゃないッスか! 手、手ぇ放して…!」
「やだ」
「やだって、子供かあんたは!」
「牧野。オレ、背中まで濡れる。ほら、ちゃんと持って」

 身を屈めた先輩がこっそりと耳打ちするように囁く。
 言いたい言葉や、蹴り飛ばしたい衝動は押さえ込み、おれは渋々傘を普段なら不自然な高さまで持って行く。
 その行動に先輩はニッと笑みを作り、行くぞー。と、おれの肩に手を置いたままおれの家を目指した。
 家が近くて、本当に良かった。そうじゃなかったら、こんな事絶対にしない。
 何故か先輩の歩みがいつもよりも遅い気がしたけど、理由はなるべく気づかないようにし、おれと先輩はそのまま帰路につく。

 近くなった距離は、もう肩を濡らす事はなかった。



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