雨だ。

 悠一と教室に残ってサボっていた分の課題を終わらせると、世界は一面雨に濡れていた。
 雷までは鳴っていないけど、今にも豪雨に変化をしてしまいそうな天気だった。
 最悪と零した言葉は呆気なく雨音にかき消される。
 悠一は電車に間に合わないとかで、駐輪所に黙って止めている自転車で早々に帰ってしまった。

 嘘だろ…天気予報では曇りで終わりだったはずだ。

 お天気キャスターの外した予報に舌打ちを零しそうになったけど、朝のお姉さんの笑顔はおれの生きる活力でもある。
 大体悪いのは天気を予想している人間であって、キャスターのお姉さんには罪は無い。それどころか愛らしさしかないじゃないか!

 幸いと言うか、何と言うか。
 おれの家まではだらだら歩いて10分程度だ。全力で走れば5分もかからない。どうせ明日は休みだ。
 このままいても雨は止まないだろう。
 だったら、男らしく濡れ鼠となってしまった方が潔良いに決まってる。
 折りたたみ傘や、置き傘なんてしていないおれは携帯だけは守れるように鞄の奥に片付けた。
 激しい水滴を視界にいれ、おっしゃ。と、気合を入れた瞬間首根っこを思いっきりつかまれた。

「ぐえ」
「よぉ、牧野。濡れんぞー」
「濡れる前に、死ぬわ!」

 げらげらと笑っている志岐先輩を見て、文句を言いたかったけどこの人に通じない事はイヤと言うほど知っている。
 溜息を飲み込み、臓腑にしみこませたおれはさっきよりも疲れた眼差しを志岐先輩に向けた。
 湿気を含んだ嫌な空気の中なのに美形と称するに相応しい顔は相変わらずだ。
 涼やかな目元、しゅっと通った鼻筋、漆黒の闇を思わせる髪の中に、深紅を思わせる赤いメッシュが似合いすぎている。
 どうやらこの人のかっこよさはTPOを選ばないみたいだ。…とうぜんだけど。

「お前傘は?」
「持ってないッス」
「天気はキャスターよりも降水確率信じたほうがいいぜ」
「お天気お姉さんは朝の癒しですから!」
「……お前ってマジ、姉ちゃんアレなのに女に幻想抱けるよな」

 姉は女じゃなくて姉だからいい。大体、あれをおれは女とは思ってないし。
 女の子に幻想というか…可愛い系を好んでしまうのは姉御肌の姉ちゃんの友達は大人しい系の人が多かったからだろう。
 遊びに来ていた姉ちゃんの友達は本気で可愛い人が多かった。
 まあ…ハーレムが作れるほどの見た目を持っている志岐先輩は、女の子のアングラな事情も詳しそうだ。
 けど、おれは平凡チェリーですからね、夢を持って何が悪いって話だ。

「まあ、そんなことよりさ。お前この雨の中突っ走る気だったのか?」
「はい。走って帰ったら5分かからない位ですしね」
「…いくら基礎が馬鹿でも風邪ひくぞ」
「そんなやわじゃないッス!」

 へいへいと気の無い返事をした先輩は、そのままおれの隣を通り、パンッ。と、黒い傘を開いた。途端、傘をたたく硬い雨音が耳に入り込む。
 にやにやと嫌な笑みを浮かべたまま、おれをじっと見つめる目は居心地が悪すぎる。と、いうかムカツク。
 傘を持ってりゃそんなに偉いのか!
 お天気お姉さんの言葉を鵜呑みにするのは悪いのか!
 雨の音が志岐先輩と一緒におれを嘲笑っている気がして、余計に先輩の態度がムカついた。

「ははっ、悪ィって。さっさと来いよ」
「…はあ?」
「牧野の家近いから、入れてやるって」
「え、いや、それは本気で悪いッスからいいッスよ!」

 さっきまでムカついていた感情が一瞬で消えてしまう。先輩の意見は悪いけど却下だ。
 男同士で相合傘気持ち悪い。そういう気持ちと、折り畳みじゃないにしろ、180近い身長の先輩に、170はないけど一応男であるおれが一緒に傘に入ればキツイ。
 純粋にそれは先輩に悪いだろ。おれは家が近いし、明日は休みだからいいし。
 女の子じゃないから気を使ってもらわなくても大丈夫だ。
 くるくると傘を回していた先輩は、小さく息を吐き出し「牧野」と、おれを呼んだ。

「おいで」

 ……ずるいって思うのは、おれだけじゃ無い筈だよな?



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