外の世界は、清々しかった。
 青い空気はどこまでも澄んでいて、緑の木々はどこまでも雄々しくて、鮮やかな華はどこまでも清らかだった。
 黒の搭も、雑賀国も、おれの目に映ることはなかった。手元にはいつの間にか金貨が握っていて、水を知らない魚のようにおれは息もできなかった。

 なんで?

 一歩足を踏みしめて実感する。硬い、石造りの搭じゃない。地面の柔らかな感覚が素足に触れた。
 違う。おれが求めているのはこんなものじゃない。
 首筋に小さな痛みを感じる。噛み付かれた、リュトに。その後の記憶は一切なかった。
 リュトが何をしたか。考えなくても分かる事実に泣きそうになった。
 なんで? おれ、邪魔になった? だったら、だったら謝るから。謝るから。

「やだよぉ…!」

 リュト、リュト、リュト。
 おれが馬鹿だからリュトは嫌になったのか? おれが、下々の階級だから?
 嫌わないで、嫌わないで。嫌われるぐらいなら、おれはリュトの血肉になりたかった。
 食べられて、リュトの中で生きていたかった。こんな金貨なんか必要ないよ。おれは、リュトの傍にいたかったんだ。
 おれ、馬鹿だから言えなかったよ。
 リュトが困るかもしれないから、リュトは優しいから。言えなかった。勉強教えてもらったのに、何が正解で何が不正解か全然分からない。だから、言えなかったのに。
 こんな風に放り出されるなら言っておけばよかった。


 おれを救ってくれてありがとう。
 おれに勉強を教えてくれてありがとう。
 おれに自由をくれてありがとう。
 おれに、好きだって感情をくれてありがとう。


 好き。好き。リュトが、好き。
 死んでもいいから食べてほしかった。一緒の時間を過ごせなくても、傍に居続けたかった。迷惑だって知ってるけど、そう思った。
 生気でも、なんでもあげるよ。キスだって何回もする。死んでもいい。死んでもいいから傍において。

 踏みしめる大地は懐かしい感覚を与えてきて、皮膚に当たる風は酷くやさしいものに思えた。それなのに、おれが求めるのは世間が魔王と称し、己で魔王と称する人物たった一人。
 生贄に選ばれたときも泣かなかった。両親が死んだときもこんなに泣かなかった。
 漆黒が世界から消えた瞬間、おれの中の何かが消えた。
 離ればなれになんかなりたくない。二人きりでもあの搭の中だったら孤独じゃなかった。

『由良』

 魔王でも、魔族でも、なんでもよかった。ただ、リュトに傍にいてほしかった。



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