魔王は「リュト・D・ダイアボリスト」と名乗った。魔王に名前があるのか疑問だったけど、昔は魔王じゃなかったから名前の一つもなければおかしいと怒られた。理不尽。
 魔王は魔王と呼ばれる事をあまり好んでいなかった。リュトと呼ぶことにしたら、少しだけ機嫌が良さそうだった。
 それにしても、こんな男が今まで魔王で、そして数多くの生贄を葬ってきた男には思えなかった。ストレートに聞いてみた所、呆れた顔でリュトはおれを見た。

「今までの奴なんざオレ見て逃げるか、オレの所に来る前に逃げてる。面と向かって人と話すのは……何百年ぶりだ?」
「そうなんだ。まあ、リュトの噂と目の前のリュトの違いを見たらそうだって思うけど」

 人を食べることが普通で、生血を啜って世にも恐ろしい存在だと伝承ではある。生贄の選抜は王都を中心都市した百八の村の中、時計回りで五年ごとに選抜される。だからおれの住んでいるヒューネではおれが初代の生贄だったりする。
 八十二代も続いている生贄制度。村人が奮起せず、生贄を救い出そうとしない思惑はそんなところにある。
 生贄に選ばれる人間は大抵が子どもで、身寄りの無い存在だ。老人だと魔王が食する際、腹を立て凶事が起こると権力者たちは考えたらしい。おれでも理解できる馬鹿馬鹿しい考えだ。
 リュトは本を読みながら欠伸をかみ殺しおれの話を聞いている。何百年も生きているリュトにとっておれの話は面白くないのだろう。

「生贄制度はリュトが考えたんじゃないのか?」
「ああ…。まあ、そうだけどな」
「なんで?」
「助手が欲しかったんだよ。魔王っつか、魔を統べる者っつか……まあ、オレも色々忙しかったからな」

 始まりは普通に助手として若い男がきていたらしい。向上心の塊のような男だったか? なんて、古過ぎる記憶に首をかしげている。一体いつからそんな制度が変化したのだろう。
 疑問を覚えたところでおれには学が無いし、解決できる策もない。ただ、リュトがただの悪者で、魔王だという認識のままは少しだけ嫌だと思った。

「なあリュト、おれってここにいてもいい?」
「……おまえ、またちゅーするぞ。襲われたいわけ? 人間の生気って結構オレの好物だけど」
「なんか良く分からないけど、いいよ」

 そもそもおれ、リュトに食われにここに来たんだし。



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