(全話裕人視点) 「はじめまして、藍田裕人です」 「志岐伊織」 「何スかその態度! ごめんな裕人、こんな人で!」 「そこはオレをフォローしろよ」 中間テストも終わったある日、幼馴染から連絡が来た。 蝉の声が微かに聞こえ始める頃、俺は久しぶりに実家に帰る予定を立てた。 寮のカレンダーに印として赤丸をつけたら、デートかよ。と、囃し立てられた。でも、会いに行くのはそんな関係の人間じゃない。 牧野政哉。俺の幼馴染で親友。 志岐伊織。政哉の恋人で不良。 その人に会いに行くために、俺は部活の休みを報告し、電車を乗り継いで二人に会いに行った。 「聞いてないぞオイ、何この爽やかさ」 「ありがとうございます」 志岐伊織は俺の高校でも何度か名前を聞いたことがあった。 噂の中には、ヤクザとの関係や、暴走族がどうのこうの、女遊びの派手さ。様々なものがあった。 けれど、目の前にいる志岐伊織は確かに見た目からして不良だと分かるが、気さくな雰囲気でとても噂の人物とは思えなかった。 それどころか、そういう目で見ていなければ分からないが、どう見ても政哉を意識していることが分かって仕方ない。 なんというか、溺愛? と、でも言うのだろうか。 見ているこちらが恥ずかしいような、どこか笑ってしまう光景だ。 しかも、政哉がそういう志岐先輩に気づいていない事にまた、笑えて仕方ない。 ちぐはぐ、でこぼこ、でも、ぴったりくっつく。 一見しただけだけど、やっぱり政哉が好きになった人間だと思えた。 「政哉さ」 「はい?」 「藍田と浮気しないよな?」 志岐先輩の言葉に、俺も政哉も固まる。 浮気? 俺と政哉が? 顔を見合わせて、二人で嫌な顔になることがわかった。 俺達の関係は、そういうものじゃない。 幼馴染で、親友で、それ以上にもそれ以下にも変化しない、つまり、変化し終わった最終形態だ。 だから、志岐先輩の言葉は俺たちにとってありえなさ過ぎるものだった。 「だっておまえらって付き合い長ェんだろ?」 「ほぼ一緒ッスよ」 「まあ……」 眉根を寄せ、威圧感たっぷりに視線を向けてくる志岐先輩を苦笑いで見る。 付き合いは長い。小さな頃から中学の終わりまでほぼ一緒だったから。喧嘩も少なかったし、気が合っていたんだろう。 だからといって、そういう感情が合わさる事はない。 俺達の関係は、中学で完結してしまった。変化をしない、親友という関係に。 「俺達は、親友でいいんですよ」 「政哉こんなに可愛いのになー」 「なっ! 裕人の前でやめろ!」 「ははっ、政哉は確かに可愛いッスね」 「裕人!」 拳の形で腕を振り回しそうになった政哉を見て、思い出す。 意外と喧嘩っ早い所もあるくせに、肝心な部分では馬鹿みたいに悶々と悩み続ける性分。それも、あの頃から変わらない。 中学二年の夏の終わり。 一番長い喧嘩の始まり、一番濃かった中学の思い出。俺と政哉の関係が出来上がってしまった季節。 あの季節を思うたび、俺は毎度思う。 いつまでも、牧野政哉の親友であり続けようと。 |