夕焼けの世界が、目に入る。
 夏近い気候は数週間前よりも夕方の時間が遅くなっている。
 赤色とオレンジ色が混ざって、おれと先輩の後ろには群青と灰色を混ぜたような影が出来ていた。
 他愛無い話が続く。
 テスト期間がうぜぇとか、夏休みはどうするかとか、来週って暇? とか。
 あまり変わっていないと思った。おれが悩む前と、悩みきった今と、状況はあんまり変わってないように思えた。

 それでも、馬鹿みたいにドクドク五月蝿い心臓は本物だ。
 先輩はいつもみたいに気さくに笑ってるし、周囲から向かってくる羨望とか、嫉妬とか、哀れみとか、そういう眼差しも一緒なのに。
 言葉にして、そういう風に在ろうとしただけでこんなに心臓は反応してしまうのだろうか。

「政哉」
「なんスか」
「手、繋ぐか」
「う、あ、えと」
「冗談」

 畜生。からかわれてる、完全に。
 おれが困って返答できないことを前提に言われた。
 遊ばれているようで悔しくて、おればかりが必死みたいで悔しくて、素直になれない自分が悔しい。
 男は度胸! ぶらんと揺れていた志岐先輩の手を、先輩の指ごと握り締めた。
 手を繋ぐというよりも、手を掴むと言った方が正しいその行動に、先輩の指先がぴくりと反応を示した。

「……見られるけど」
「平気です!」
「ホモだと思われるぜ、その辺の奴らに」
「いい、ッス。……お、れが、先輩を好きなのは……事実、だから」

 指ごと掴んでいたおれの手から、先輩の手が素早く抜かれて手を繋がれた。
 おれといえば顔も見れないのに、どうしてこんなに先輩の行動はスマートなんだろうか。
 恐る恐る顔を上げたら、先輩はおれを見ていなくて眩しい筈なのに夕日の方を見つめていた。

「……志岐先輩?」
「黙ればか」
「なんスかそれ!」
「うっせぇばか」
「志岐先輩!」
「――頼むよ」

 視線が降りて、おれは先輩の目を見て息が止まった気がした。
 夕日のせいだけじゃない、赤くなっている耳に、顔。甘ったるい、どうしようもないほど緩んだ表情。
 可愛くて、殺されるかと思った。
 苦笑と一緒に、そんな顔で、そんな言葉を言われて、おれの方が殺されそうになった。

 志岐先輩も、もしかしておれと一緒なのかな。
 今こうして一緒に歩いて、手を繋いで、目も見れなくて、心臓…ドキドキしてるのかな。恥ずかしいし、乙女すぎる思考に寒気もするけど、嬉しかった。
 繋いだ手に力を込めてみる。自然に握り返されて、おれの口角も緩んでしまう。

「ったく、覚悟してろよてめぇ。オレが政哉をめくるめくエロティックラブの世界に誘ってやるからな」
「それは断固拒否で」
「まあまあ、徐々に開発は始まってるからな。最終目標は合体で」
「……合体?」
「……」
「……」
「政哉くん、お前男同士のセックスってやっぱり知らないわけ?」
「し、知るわけないだろ!!」
「――任せろ」

 なにを!?
 屋上での一幕やら、先輩の家の事、体育倉庫の事を思い出しておれは眩暈を覚えた。
 愉しそうに志岐先輩は笑って、まあ、気長にいくわ。と、言葉を放つ。
 おれはその言葉に寒気と不安しか感じなかったけど、あまりにも先輩が楽しそうだったからツッコミは出来なかった。

 夕焼け、ノスタルジックな世界、あの日と同じ、あの日と違う。
 繋がっている影を見て、繋がっている手を見た。先輩を見上げれば、視線が交わる。

「志岐先輩」
「ん?」
「……あの、あー……えと、おれってあの、今まで誰かと付き合った事がなくて」
「だろうよ」
「だから、あの、おれ……おれに、色々教えてくださいね?」

 経験豊富という志岐先輩は嫌だけど、おれが無知であることは仕方ない。
 そういう意味を込めて言った言葉に、先輩はあんぐりと口を開いてぎゅっとおれの手を痛いほど掴んだ。
 痛みから咄嗟に手を引いたけど、そんな力は先輩の前では関係なくて。
 抱きしめられた体、悲鳴を発することも出来ずに耳元に声がかかった。

「喜んで」

 道端、男同士、人の目、そんなもの今は関係なくて。
 だいじょうぶだ、たぶん。そんなに自信はないけど、たぶんおれ達はこのまま進んでいける。
 悩むし、苦しむし、泣くかもしれないけど。
 志岐先輩とだったらおれは次の場所にも進めるはずだ。それを何より願ったのはおれだから。

 熱が交差し、感情が交差する。
 触れ合った掌の熱は、今まで感じたことのない熱。

 この手を掴んで、先に進む。
 それが、おれの望んだ幸せだから。

end...




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