(藍田兄妹)

 部活の休憩時間、スポーツドリンクを飲んでいると携帯のバイブが鞄から聞こえた。
 練習試合を行っているチームは試合を始めたばかりで、携帯を見る余裕はあるだろう。
 体育館の床に腰を下ろし、裕人は自身の携帯を開いた。その瞬間、裕人の顔が微かに歪む。

 ビッグニュース。

 単純なメールの表題を見て裕人は開くべきか悩んだ。
 差出人は藍田栄子。裕人の妹だ。
 普段からメールのやり取りは何度かしているのだけど、ビッグニュース。なんてタイトルは初めてだった。
 こういう予感は嫌でも当たる。そして、裕人にはなんとなくその原因がわかっていた。

 恐る恐るメールを開いたそこには、珍しく長文が並んでいた。
 眩暈を覚える。頭がいい妹だが、メールの内容は明らかに頭がいい人間には見えなかった。
 普段の口調もまったりとし、のんびり屋に見えるが語彙力は相当だったはずだ。それがどうして、こうも興奮しているのか。

 不良攻めだとか、平凡受けに目覚めたから始まり、興奮して眠れないとか、ガチだとか、理解したくないのに知っている自身に裕人はうな垂れた。
 我が妹だが、末恐ろしい。あらゆる意味で。
 最後の締めにはお兄ちゃんは失恋で可哀相だけど、男子寮でウハウハだからいいよね。と、括られていた。

 自重しろ、妹。

 けれど、まあ――。
 うまくいったのか、幼馴染を思って裕人は携帯をパチンと閉じた。
 色々悩んでいたのは知っているし、葛藤していたのも栄子よりも裕人は知っている。少しさびしいが、裕人と政哉が幼馴染である事はこれからも変わらない。
 裕人にはそれで充分だった。変わらないことが、何よりもうれしいことだった。

「恋人、な」

 今までは特に欲しいとは思わなかったけど、深い知り合いが誰かと付き合い始めたらそういう存在はほしくなってしまう。
 羨ましいというか、なんというか。
 あえて言うなら、自分も、そこまで想える人に出会いたいと思った。幼馴染とは違う、傍にいてくれる存在が。

 その人が男か女か、裕人には分からない。
 政哉が男と付き合うはずがないと考えながら、今現在男と付き合っている。その現実に、裕人もどうなるか分からないのだ。
 まあ、少なくとも寮生はありえないだろうと一人苦笑を浮かべる。
 一緒に暮らしている男達は、共に切磋琢磨する仲間のような存在だからだ。

 まだ見ぬ想い人を考えるなんて、結構ロマンチストかもな。
 なんて、苦笑いを浮かべれば、タオルで汗を拭いていたチームメイトが「思い出し笑いはエロい証拠だぜ」と、茶々を入れてきた。
 そんなんじゃねぇって。と、裕人は言葉を返して笑う。
 ――まあ、今は。そういうものに対して本当に興味がなく、部活一筋だしな。
 結論付け、裕人は閉じていた携帯を開いた。栄子のメールにある不良の文字。
 まあ、とりあえず……心配じゃないといえば嘘になるから。

「会ってみたいな。志岐先輩に」

 ピピィー!
 試合終了を告げるホイッスルが体育館に響き、裕人は携帯を鞄に仕舞った。
 体育館の開け放たれた扉からは、暑い夏の香りが届いた。



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