(和山と悠一) 「俺、牧野知ってた」 「え」 「お前の友達だから」 「あー…まあ、政哉は俺のことクラスメイトって言ってるけどね」 和山那都、萩悠一は屋上から帰っていく志岐伊織と、牧野政哉の姿を見据えていた。 ぎゃあぎゃあ騒いでいる姿は、悪いけど恋人同士なんて甘いものには見えない。 志岐伊織は県内でも名を轟かせている不良で、そんな不良を慕っている舎弟程度にしか見えない。 …と、いうかパシリか? 当たらずとも、遠からずだが。 和山は隣で笑いながら二人を見下ろしている悠一を視界に入れた。 平凡な容姿に、平凡な性格、平凡な思考を持っている彼は和山那都の幼馴染でもある。 それを知っている人間はいない。 誰にも言っていないだけで、絶対とは言えないが、たぶん、誰も知らないはずだ。 「物事の展開って面白いな。…和山先輩もそう思わない?」 「…思わない」 「ふぅん」 「(いいな、志岐)」 物事の展開に関して感情を向けるなど、和山には興味が無いから出来ない。 和山の興味が向かう先は志岐の事、美味い料理の事、店の事、悠一のこと。単純だがそれだけだ。 小さな頃から一緒にいた幼馴染は、中学で転校して、高校で再び会った。 一切変わっていなかったが、和山は不良で、悠一は平凡な生徒だった。 物を考えるのは好きではなかったが、あまり傍にいてはいけない事は和山でも理解できた。 だから、羨ましい。 別に恋人になりたいわけじゃない。ただ、小さな頃の思い出が今の自分のせいで霞むようで嫌だった。 悠一は、変わってなかった。 和山も、変わってなかった。 ただ、少しだけ立ち位置が変化してただけだ。それだけで、触れるのに戸惑う。 志岐はそういう葛藤をふっ飛ばし、乗り越えていく力を持っている。だから、和山はそんな志岐の傍にいた。 「政哉と志岐先輩って、俺等のこと知ってるのかな?」 「志岐は…薄々」 「あー…っぽいな。でも、俺も政哉にそれとなく言ってるんだけどなぁ。普通の生徒が、不良とオツキアイすること進めないっつの」 ケラケラと笑う悠一に、和山の視線が向かう。 その視線に気づいた悠一は「そういう意味じゃなくてさ」と、苦虫を噛み潰したような顔を作る。 悠一は性格のためか、失言が結構多い。今回の事も軽々しく口にしたのだろう。 知っているけど、和山の心には妙に引っかかってしまった。そんな変化に目ざとく気づくのも、悠一と、この場にいない志岐だけだろう。 「志岐伊織の悪名の裏側。なんて、普通の生徒は知らないだろ?」 「ん」 「調理実習する二人ってすっげぇ面白いのにな」 料理は、好きだ。志岐も和山も。 志岐は一人暮らしのため、料理のレパートリーをなんでもいいから増やしたかった。 和山は店の手伝いのため、多少でも覚えられたらいいな。と、思い参加している。それが他の生徒には意外なのだろう。 悠一に始めて指摘され、次の日志岐に疑問をぶつければ、爆笑を返された事を思い出す。 今更だけど、悠一と志岐の笑いの沸点は同じ位置にあるようだ。 じいっと、隣にいる存在を見下ろす。和山の視線に気づいた悠一は見上げる。 「和山先輩?」 那都。昔は、そう呼んでいたはずだった。 年の差が一切気にならなかった日を思い出し、言いかけた言葉を和山は飲み込む。 今更だ。悠一が入学してから二年目、今まで指摘していなかったものを指摘するのはおかしいと思った。 たぶんこれは、志岐が、羨ましいんだろう。 それがどういう感情なのか和山には理解できない。 言葉をとめた和山を悠一は不思議そうに見上げたが、元来無口な和山なのであまり気にせずそのまま視点を変えた。 「――暑い、っすね」 「ああ」 「もうすぐ、夏か…」 夏。 那都と呼ばれた気がしたが、聞き間違いにゆるく首を振った。 「海、行くか?」 「ははっ、遊んで大丈夫ッスか受験生」 二人の見上げた空は真っ青で、雲は見当たらない。 群青色が一部濃くなっていて、夏が迫ることを知らせてくる。 ブレザーは熱が篭り、太陽に近い場所で外されたネクタイは無造作にポケットの中に突っ込まれた。 |