「おれ、志岐先輩好きかもしれない」
「は? 今更?」

 一先ず、なんとなく協力的だったクラスメイトの悠一に、ストレートじゃなくて変化球でぶつけてみた。
 その結果、上記のやりとりだ。
 は? は、いいけど今更? は、ないだろ。今更ってなんだ、今更って。何、おれってそんなに分かりやすいのか?
 自分じゃ自覚できてないけど、もしかしておれって結構顔とかに出てるの…?

「政哉さぁ、あれだけアプローチされてて志岐先輩の気持ちも理解できてないと思ってたけどさ、自分の気持ちもいい加減自覚しろって」

 何だこの若干大人びた思考のクラスメイト萩悠一は。
 おれとしては清水の舞台からヒモ無しバンジーのつもりだったのに、何故この男はこうも平然としているのだろう。
 こいつのキャラはうざくて、お調子者で、一言余計なおせっかい者…だった筈だろ。
 それが一体どうして、おれが頭痛い感じになっているんだ。
 ってか、アプローチってなんだ。セクハラの間違いだろ。あれがアプローチなら世の中犯罪者だらけだ。

「すっげぇ顔」
「…いや、だって」
「志岐先輩って、欲望に忠実なだけだろ。政哉も頭切り替えたら?」

 欲望に忠実な志岐先輩に合わせられるはずが無いだろ…。
 胡乱な眼差しをぶつけたら、悠一は苦笑いを浮かべて椅子の背もたれからパキンと、木の鳴る音を響かせた。
 拍子抜けもいいところだ。でも、おれも、今まで悠一と一緒の立場だったから分からないわけじゃない。
 関わらなかったら、そういう風にいえる。別に悠一を悪いとは言わない。だって、そういうものだろ、普通。

「おれさぁ…将来は可愛い系で、でも結婚したらカカア天下になる子と結婚する予定だったんだよな」
「夢なんだから亭主関白ぐらい言ってろ」
「それがさぁ、なんで…志岐先輩好きになったんだろ」

 口から滑った言葉、最早それはまぎれもない現実だ。受け止めなきゃいけない事実だ。おれは、あの人が、好きだ。
 悠一はケラケラ笑いながら「馬鹿め!」と、実に楽しそうだった。

「理想と現実は違うんだよ」

 高校生、夢見がちなお年頃。
 そんな現実は捨ててしまいたかったが、志岐先輩を好きだと言う現実は捨てられず、思わぬ乙女的過ぎる自分の思考に鳥肌が立った。



× × ×



「政哉、迎えに来た。オラ、帰るぞボケ」
「ボケってなんすか」
「愛の言葉」
「いらねぇ」

 放課後、今日は昼休みにあんな事をしたから流石にもう来ないと思ったけど、先輩は平気な顔…と、いうかニヤニヤした顔で教室に来た。
 おれとしては色々吹っ切ろうとしている段階で、そして、昼間の事もあり先輩には会いたくなかった。
 が、逃げようとしても無駄だと言うのは経験で知っている。
 走っても追いつかれ、迂回ルートも知られ、志岐先輩はおれのストーカーになってそうだ。…いや、まあ、していることはまさにそれかもしれない。

 のろのろと鞄を持ち上げ、教室の扉に背を預けている志岐先輩を視界に入れる。
 行き違う他のクラスの二年は相変わらず、おれと先輩を見比べて不思議そうな顔をする。
 怖がられている先輩だけど、おれとの噂が広がってから「変な趣味の人」と、認識されてしまったみたいだ。
 まあ…よくよく観察すれば、結構この人もおれと負けないぐらい分かりやすい人なんだろうな。にやにやしている顔がその証拠だろ。

「直帰? ゲーセンでも行くか?」
「直帰ッス」
「つまんねぇなー」

 リノリウムの廊下を踏みしめ、先輩はおれの横でケラケラ笑いながら進む。
 歩幅は変わらない。最初は合わなかったそれが、いつの間にか馴染んだものになっている。
 視点を変えるだけで、おれはどれだけ大事にされてきたのか自覚する。
 いつまで、おれはこの人を待たせるんだろう。
 気持ちは決まってるのに、言葉になった瞬間重苦しいものになる気がして、その一歩が踏み出せない。和泉に背中を押してもらったのに、情けない。

 三年の靴箱に消える先輩の背中を見据え、嘆息。

 おれって、こんなに情けなかったか? ヘタレにも程があるだろ…。
 もっと、先輩の隣にちゃんと並べるようになりたい。その為に、おれがしなきゃいけないこと、は。

「――あー…ちくしょう」

 怖ェ。でも、進みたい。



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