風を直接皮膚で感じて鳥肌が生まれる。慌ててボタンを留めようとしたら、首筋にぬめった感覚がする。舐められてると気づいた瞬間、羞恥で死にそうになった。
 叫びそうになった口を噛み締めて耐える。
 ゆっくり、焦らすように、楽しむように上ってくる掌の熱を感じながら、小さく呻き声を発する。

「お前ね、その口やめろ。傷つくぞ」
「触るの止めろ…!」
「たかがボタン外した程度だろ」
「程度じゃねぇ!」
「微妙に感度上がってるって理解してる? 変に色っぽい」

 ここも。ここも。そういって腰骨の部分を怪しく撫で、顔の位置をずらして先輩はおれの、胸に舌を伸ばした。
 喉が、震える。
 怖い、気持ちいい、嫌だ、もっと。
 切なさに腰から脳天まで痺れが走る。ちゅっと音を立てて、鎖骨の下を吸われる。
 甘い感覚に泣きそうになった。いやだ、いやだ、怖い。「政哉」優しい声音が耳朶をくすぐった。
 乳首、を、きゅっと抓られる。痛くて熱い感覚が脳味噌を侵略していく。一瞬だけ視界が歪んだ。

「っぁ…」
「怖い?」

 頷いた。
 先輩が、おれが、世間が、親が、快楽が、初めてがたくさんで、怖い。

「オレは、お前に真直ぐ感情が伝わらねェのが、怖いよ」
「――っ、志岐、せんぱ」
「理由が理由だし、仕方ねェけど。…だから、こんな風にしか接せないからな」

 顔が近づき、唇に柔らかい感覚が触れた。志岐先輩の髪の柔らかい感覚が頬と額をくすぐる。触れているだけのそれに、泣きそうになった。
 愛撫の手は収まって、おれの背中に両手が添えられている。
 ちゅっとリップ音が耳に入り込んでくる。そして、再度啄ばむように口付けられる。見た目と違って、やっぱり優しいものだった。

「せ、んぱい…おれ、は」
「ん」
「こ、怖く、て……」

 誰かを好きになるのは初めてで。そりゃ、幼稚園の時先生に惚れたけど意味が違う。
 誰かを好きになった、男を好きになった。
 初めての感覚は怖さと、嬉しさがあった。おれなんかが相手になる筈もない。いつか嫌われた時、おれはどうすればいい。
 子どもも産めない。
 おれは、姉ちゃんがいるけど、先輩は一人っ子じゃないか。親、どうするんだよ。
 好きだ。好きだ、志岐先輩が好きだ。言ったら、先輩は喜ぶのかな。でも、言えない。
 ぶちまけた。何もかも。好きだと言う言葉以外。全部を、吐き出した。
 志岐先輩は、じっとおれを見ていた。

「…ばぁか」
「うっさい」
「ネチネチ考えやがってうっぜぇ。お前は黙ってオレに惚れとけ」
「――横暴って言葉知ってますか?」
「知るか。…オレは、親とか世間よりも、政哉を選ぶだけだ」

 何かを言う前に口の中にぬるんとした感覚が入り込んできた。
 舌? と、気づいた時にはぐにゃぐにゃしたものが口内を暴れていた。
 歯列を舐められ、上顎の部分を舌先で突かれる。絡まってくるそれは生き物みたいで、おれの思考を奪っていく。
 ずるい。志岐先輩は、おれよりずるい。
 簡単におれの中の何かを攫って、簡単に言葉を吐き出してしまう。

 手の動きがいつの間にか活発になっている。
 唾液が口端から零れていく合間も、胸の辺りを艶かしく手が動く。下半身に痺れが向かって、一気に血液が集まっていく。
 息が苦しい。胸が苦しい。先輩のブレザーを掴めば、薄く笑った気がした。
 押しつぶすように強引に乳首に親指を這わされる。びくんと腰が反応して、そんな場所で感じるなんて女の子みたいで嫌だった。

「かわいー」
「…ふぁ…やっ、しね!」
「腹上死なら喜んで」

 しれっと言葉を吐き出した志岐先輩の腕を力いっぱい握ってやったら、ニッと嫌な笑みを返された。

「お返し」

 そう言って先輩が腕を伸ばした先は、おれの下腹部だった。「反応してる」耳を食みながら言い放った先輩を睨みつける。
 それすら、先輩にとっては面白いものだったらしい。
 頬に軽く啄ばんだ先輩は、カチャカチャとおれのベルトを外し始める。
 流石にこれ以上は無理だ。
 手を伸ばし、志岐先輩の手を止めれば「ばぁか」と、おなじみの台詞が耳に入り込んできた。

「最後まではしねェ。けど、お前はどんだけオレに好かれてるかしっかり体に刻んでろ」



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