柚木川高校は意外に大きな学校だ。四階建てで一階は研究室だとか、実験室が備え付けられている。食堂に売店もあるから、休み時間ともなれば結構たくさんの人がいる。ちなみに二階には三年の教室。三階には二年、四階には一年だ。一年生は遅刻ギリギリ登校が出来ないことで、靴箱から一番遠いが出席率は一番高い。
 駅から家が近いと意外に遅刻する人間が多いのと同じ原理だろう。まあ、二年になって一番嬉しかったのは教室移動で、それ以降の学年が弛んでいくのも問題だと思うが。
 踵が汚れている上履きを履き、スニーカーを靴箱に入れる。二年のラインが入ったそれをリノリウムの床を踏みながらぺたぺたと進んでいると、ブーブーと、ポケットの中に入れていた携帯が震えた。

「んぅ?」

 くそ眠い。昨日からろくな事がないから睡眠不足。そして、さっき考えたドM後輩の事を考えさらに憂鬱になっていたのに、携帯に表示されていたのは「志岐伊織」の、文字だった。
 わお。早速。
 脱兎の如く逃げ出したいが、携帯はメール。むにむにといやいやながらもボタンを操作しメールを開けば「屋上来れるか?」と、簡素な文面がそこにはある。
 ……ここで疑問系な辺りがやはり印象をどこか変える。命令形だったら悲鳴あげながら行くのだが、疑問系だとどうにもおれの意思を考えているように思える。
 が、やはり不良なので断るなんて考えは浮かべるだけで実行に移せるはずもない。生憎と、平々凡々だからこそ授業は何度かサボることも経験済みだ。青春をエンジョイしたい衝動とはある日突然向かってくる。まあ、つまり苦手な教科から逃げるための方便なのだが。
 靴箱の前で固まりになっているクラスメイトに声をかけ、一時間目の授業が英語という理由も重なり、おれはそのまま屋上に向かうことにした。サボることを伝えたクラスメイトからは、相変わらず英語嫌いだな。と、爆笑された。うるせぇ。



×  ×  ×



 柚木川の屋上は可もなく不可もなく、だ。誰があけたか知らないが、本来は立ち入り禁止の場所なのだが、何世代か前の先輩が鍵を開ける名人だったらしい。その為、生徒間だけで使われている屋上だ。
 まあ、屋上なんて雨が降れば水溜りが出来るし、冬になれば馬鹿みたいに寒いし、手すりなんて鳥の糞がついていて、ドラマで見るような清々しい空は見えたとしても、ドラマで見るような綺麗な場所ではない。
 不良のたまり場が屋上になる。そういう話はよく聞くのだが、志岐伊織もその手の人物なのだろうか。結局、なんとかと煙は高いところがすき。そういう言葉どおりの人間なのだろうか?
 屋上に上がった事があるのは一年の頃だ。絶対に皆が経験する高校屋上デビューは、簡素な現実に儚く散ってしまったのは良い思い出だ。
 三年にもなれば、むしろ階段を上がることが面倒になり行かなくなる場所。夏はコンクリが熱を持ち、冬は風が寒くて仕方がない。ほとんどの人間が、デビューと共に引退をしてしまう場所だ。

 南京錠が繋げられている屋上の扉。実際は鍵穴にゴミ鍵としての使命は果たせなくなっている。そんな鍵もどきを外し、ドアノブに引っ掛けおれはゆっくりそれを回した。
 こえーよ。ちょうこえーよ。不良不良、彼氏彼氏、不良彼氏。思い出したくもない昨日の事がフラッシュバックで蘇える中、意を決し扉を開いた。


「おー、来たな」

 見えたのは、強面の癖に呑気な声音でおれに話しかけた志岐伊織と、

「……あれが牧野、政哉?」


 銀色の髪を風に遊ばせ、すっかり目元が隠れているこの学校二番目に有名な不良、和山那都だった。
 昨日の文句は訂正しよう。志岐伊織は柚木川高校唯一にして最大の特徴ではなく、無二であり最大の特徴であり、和山那都はそんな志岐伊織の唯一にして最大の仲間である。



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