最近は悩んでばかりだが、実際の所おれはあまり悩むという行為はしたことがない。
 小さな悩みは人間だから当然あるけれど、こんな、あまりおおっぴらに人に言えない悩みは初めてだった。
 授業中も、誰かと話している間も、志岐先輩を想う。なんというか、あの人は、皆のいうようにおれの事が好きなのだろうか。
 おれは、自慢じゃないけど今まで誰かに好きになってもらったことはないと思う。
 そりゃあ…奇跡的に、万が一にも、おれみたいな奴に片思いをしてくれてる女の子がいたかもしれない。でも、おれは知らないからやっぱり分からない。

 行動をして、何らかの反応を伺っているのか。
 行動をして、おれを見て嘲笑っているのか。
 行動をして、好意を示しているのか。

 志岐先輩の行動は、おれを左右する。それはまぎれもない事実だ。でも、そこに恋愛感情が有るのかと聞かれたら分からなかった。
 抵抗が、あった。
 おれは差別をしていないつもりだった。
 バイとか、ホモとか、そういうものに自分が関係するって思わなかったから。先輩は、先輩として好きだ。すんなり認められる。でも、


「……」


 そういう感情を、簡単に認めたらどうなるんだろう。
 親は、泣くよな。姉ちゃんは、どうするんだろう。裕人やクラスメイトは理解がある。でも、他の人は?
 授業中、くるくると指の上で回転するシャーペンが動きを止めた。
 志岐先輩は、どうしてこんなおれにキスしたんだろう。和泉には、どうしてしなかったんだろう。
 あの人の考えが一切理解できなかった。理解できなくて、嫌だった。
 誰かを好きになるのも、誰かに好きになってもらうのもおれは始めてだから、周囲の人間の言葉にはどうしても素直に賛同できない。
 大体、セクハラ魔なだけであって先輩がおれを好きなのかわからないじゃないか。

 おれは、志岐先輩が好きなんだろうか。

 わかんねぇ。本気で、わからなかった。
 授業中にも拘らず頭を机に突っ伏させる。教師の言葉は一切聞こえなくなっていた。
 逃げてるか、おれ。逃げてるんだろうなぁ。でも、怖い。
 怖いものは、怖い。変わっていく自分が、周囲の人間の目が、怖かった。

「(…裕人にも、悠一にも相談したのになぁ)」

 でも、あいつらっておれよりも志岐先輩の事を知っていそうだ。最初から、そういう風に思う。
 誰か、おれの自分でも煮え切らない考えをまとめてくれる人間はいないのだろうか。
 考えて、浮かんだ自分物に自己嫌悪に陥った。

 和泉かなで。

 自身の見た目をコンプレックスに思い、志岐伊織を好きになった後輩。男同士に躊躇があった存在。
 でも、彼にだけは頼ることは出来なかった。
 無責任すぎて、自己中心過ぎて自分でも嫌になる。和泉は志岐先輩に振られている。それも、おれが関わって尚更傷ついている筈だ。
 四方八方を外堀から埋め尽くされていく感覚。逃げられないと、悟るしか出来なかた。



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