(伊織:sid)


 いい天気。
 晴天の言葉に相応しい青色の空を双眸に入れながら吸う煙草は格別に美味い。
 微妙に開きっぱなしの屋上の扉に視線を移し、自然に唇には苦笑が宿る。勢いつけて出て行きやがって、じゃじゃ馬め。
 この場にいない人間を皮肉るのは多少あれだが、気恥ずかしさを誤魔化すには仕方がない行為だった。

 あの後、無言で押しのけられたが後は追うことをしなかった。今オレが追いかけても、どうせあの馬鹿は混乱してパニックになるだけだろうし。
 何よりも、オレ自身が高揚する気持ちを静めたかった。

 牧野政哉はどこからどう見ても、どこをどう知っても、至って普通の平凡チェリーだ。
 笑って可愛いとか、意外と美人とか。そういうものを持っていない、本当に、ごくありふれた存在だった。
 知り合ってもそう思うし、知らずにいたままとしてもそんな程度しか言えないだろう。酷いと言われるかもしれないが、まあ、仕方がない。


「――反則だよなぁ」


 憧れなんだと、面と向かって言われた。
 お人好しで、オレの気苦労も知らないで、正直偽善者だと思っていたあの存在は、自分のエゴをオレに押し付けてきやがった。
 お人好しだが優しさの欠片もなかった。オレの事も、和泉の事も、あいつの本音の中では微塵も存在していなかった。最低で、最悪なのはオレよりも政哉だろう。
 我侭で、傲慢で、ある意味最高の独占欲だ。

 憧れだから。だから、オレに汚いことはして欲しくない。

 和泉にした程度の事なんて、正直軽い悪戯みたいなものだろ。
 政哉を守る手っ取り早い方法を決行しただけで激昂したあいつは、和泉に対してじゃなくて、無意識にオレを守るために怒鳴ってたんだ。
 馬鹿みてぇ。オレ。
 ムカついて、イラついて、離れてたのに。理由が、そんな。オレに汚れてほしくなかったとか。和泉の事について怒鳴ってたくせに、なんでそんな。


「――無自覚ってこえー…」


 なんであんな、可愛いんだろう。

 分かってる、OK、オレは正常だ。目も悪くないし、頭もそこまで悪くない。でも、あの牧野政哉が可愛く見えるなんて異常だ。
 理由も分かってる。自覚済み。そんなに鈍くねぇし。
 欲しいものは力づくで手に入れるタイプだから自覚早いに越したことねぇし。それでもなかなか認められなかったのに。あの馬鹿、一気にそういう感情を外しやがった。
 面白かった。触ったらなかなかエロイ顔をしてくれた。意外に話が上手かった。ころころ変わる顔、言葉、雰囲気。
 男だ、男。オレと同じものが股間にぶら下がってる。でも、あってもなくても、オレはあいつが、好きだ。


 牧野政哉が、オレは好きなんだろう。


 可愛いんだよ。同じ男なのに、正直告白してきた和泉の方がアリな顔なのに。それでも、政哉が、好きなんだろう。
 掠めた唇は未だに熱を持っている。ああ、ちくしょう。言葉を吐き出しながら空を仰いだ。逃げ出した獲物は追いかけられなかった。滾る熱を冷ますため、ここにいた。
 でも、冷めない熱はずっと燻ぶっている。
 煙草の火は消えそうなのに、その熱は消える事を知らなかった。
 彼女欲しいよな、政哉も。オレだって欲しい。女に突っ込む感覚は男子高校生は基本好きだろう。けど、生じたこれは仕方ないものだ。諦めるしかない。

 諦めて、その次は。

「手に入れるしか、ねェよ……な?」

 相手の感情なんて知るか。だって、あいつも、自分の憧れなんて身勝手な感情でオレをここまで貶めたんだから。



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