男に抱きしめられて号泣する。意識が上昇した時には、羞恥しかなかった。

「牧野。オレ次の授業出たいんだけど。担当いそやんなんだけど、課題多いんだけど」
「……」
「無視かよ」

 笑う振動が伝わってきたけど、おれは志岐先輩の胸元に顔を埋めたまま、動けなかった。今更だけど恥ずかしい。吐露した本音はもう戻らないものだ。
 憧れとか、普通に言ったよおれ。言うつもりなかったのに、言ったよ。言ってしまったよ。
 合わせる顔がない。恥ずかしくて死にたくなった。
 ぐっと奥歯を噛み締め俯いているおれを離す事無く、先輩は抱きしめていた。

 ホモじゃねぇし、おれも、先輩も。でも、こんな姿見られたら何も言えない。

 牧野。まーきの。まーきーのーくーん?
 ふざけている口調なのに、優しいなんて思うおれは馬鹿なんだ、絶対。それか頭のネジが全部ぶっ飛んだか、耳に変なフィルターが入っているに違いない。
 ぽんぽんと背中を叩いていた手が動きを止め、引き剥がされるのだろうか。なんて、馬鹿みたいな寂しさを覚えた瞬間。

「っ!」

 尻を触られた。

「なにするんスか!? 放せ変態!」
「いや…おまえ相変わらずそういう感度良好だな。いい事だ」

 真顔で言い放った言葉にゾクゾクと背筋に悪寒が走り、思わず志岐先輩から飛びのいた。
 先輩のことは尊敬しているし、憧れているが、こういう部分は関わりたくない。
 人間二人分の距離を取ったおれを見て、ニヤニヤしながら先輩は笑っていた。さっきまであった獰猛な獣の眼差しは姿を潜め、そこには知っていた先輩がいた。 

「憧れてる先輩に触られて嬉しくねェの?」
「それとこれとは違うじゃないッスか!」
「罰だよ、罰。オレが傍にいない間、その辺に尻尾振ってた飼い猫にな。政哉クン」

 あ、れ? なんで、おれここにいたんだっけ?
 先輩は何故か急に現れて、おれは引っ張られて。
 丁度いいからおれは志岐先輩の考えが知りたくて、志岐先輩におれも考えを知ってほしくて、和泉の気持ちを知ってほしくて。
 たぶん解決した…? と、思う。志岐先輩の機嫌が直ってるし。だったら今は、おれと先輩は普通に先輩後輩に戻って。
 ……おれと志岐先輩の上下関係って、どんなものだったっけ?


「政哉」


 逃げられないと思った。
 さっきの獰猛な獣の眼差しとはまた違っている。怯むとか、怖いとか、そういう目じゃない。背中を走った悪寒は、違う意味のものだった。
 どこかで見ている。おれは、これを、体験してる。
 走ったり抱きついたりで、少し乱れていたブレザーの中に志岐先輩の手が滑り込んできた。首筋にちくちくする髪の毛が触れて、首筋を生暖かいものが這った。

 逃げろ。払い除けろ。大声あげろ。押しのけろ。蹴りでも入れてやれ。むしろ殴れ。

 頭の中でそんな事ばかり思い浮かぶのに、おれの手は震えて何も出来ない。その間にも先輩の舌は首筋を伝い鎖骨に下りる。
 恥ずかしかった。さっきの言葉の羞恥やら、現状に対する羞恥やら。ただ、恥ずかしくてたまらなかった。
 ブレザーの中に入り込んでいた手がシャツをズボンから抜き取る。つっと伸びた手は、おれのヘソの辺りを撫でていた。

「……ここ、治った?」
「し、らな」
「確かめる?」

 啄ばむように首筋に唇が押し付けられて、ぞくぞくとした感覚が背筋に上る。
 ナニ、してんだよ。ここ屋上、学校、授業中。でも、先輩の手は止まらない。
 片手で器用にぷつ、ぷつ、ぷつ。と、下からボタンが外されていく音が響いてくる。眩暈がした。くらくらする頭が掴んだのは、先輩の背中だった。

「――政哉」
「(死にそう)」

 だらしなく出ているシャツの中に先輩の手が伸びている。腹筋の辺りを人差し指の腹が撫でて、喉からひゅっと息が零れる。
 やだ。怖い。なんで。
 触られるのは初めてじゃないのに、下腹部に溜まる熱の感覚が尋常じゃなかった。怖かった。先輩が、ではなく。
 触れられて震える。どこか変化するしているおれの体が、怖かった。



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