おれは自分で言うのは自虐っぽくなって好きじゃないけど、本当に普通なんだ。 身長は170も伸びてないし、筋肉だってなかなかつかない。 好きな授業があれば、嫌いな授業だってある。喧嘩はあまり好きじゃなくて、見た目が派手な奴も好きじゃない。 憧れって、あるじゃん。 志岐伊織は不良だった。派手というか、名前の売れた。赤いメッシュがかっこいいし、鋭い眼差しなんか睨まれたら怖いけど、いいな。って、思う。 背も高いし、腹筋だってそれなりに割れてる。喧嘩も強いし、性格だって接して分かる。いい人だ、この人は。 憧れなんだよ。 認めたくなかったよ。 憧れなんだよ。 あんな事、して欲しくなかったよ。 「志岐先輩が、綺麗だって思わない。不良だし、喧嘩馬鹿みたいに強いからいろんな事してると思う。でも、それはおれが知らないところだ。おれの知ってるところでは、して欲しくなかった」 チャイムが近くで鳴り響く。あーあ。一時間目サボリだ。そろそろ出席日数マジでやばいかもしれない。 それでも、おれは止まらなかった。濁流が一気に流れ込むみたいに。 今まで鬱積していたものがどんどん吐き出されていく。志岐伊織の顔は、俯いて見れなかった。 「和泉いい子なんだ。やり過ぎたけど。でも、もうしないよ。あいつはもう、大丈夫なんだよ」 「……」 「好きになってやれなんて言わない。けど、男同士云々の前にあいつにちゃんと告白させてあげてくれ。それだけでも、和泉は」 「牧野」 和泉は、満足するんだ。 零す事が出来なかった言葉は胃に沈殿した。塞き止められなかった言葉は簡単に止まった。 視界には志岐伊織の姿はなかった。黒髪が左目に映りこむ。他は、空の青色と、ブレザーの色だけだった。 背骨が軋んで、左耳に人間の息が微かに触れる。気づいた時には、おれは志岐伊織の腕に閉じ込められていた。 「お人好し」 「し、」 「頑固」 「志岐せんぱ」 「簡単に信用すんなよ」 「あの、」 「オレの苦労も知らねェでさ」 「先輩?」 「ほんと、」 ――ばぁか。 意味わかんねぇ。自分が。 懐かしさすら感じる声音に、ゆっくりと視界が緩んでいく。貶されてる言葉なのに、なんでこの人の言葉はこんなに柔らかいんだろう。 裕人とも、悠一とも、和山那都とも、和泉とも、みんな、みんな違う。 無意識のうちに背中に腕を伸ばしていた。ブレザーをぐっと握り締め顔を伏せた。目の奥が只管に熱かった。 「ぅ…くっ……」 「泣きたいのはオレだっつの。……あーもう」 「だっ、だっておれ…っ、せ、先輩、お、怒らせ、て。そ、倉庫、で…」 「――八つ当たりだ、あんなもん。焦ったんだよ! …和泉の野郎が紙くず置いて行くから」 子供みたいな泣き方のおれに、くしゃりと頭に手が這う。 溜息と、苦笑混じりの声。近い音に更に顔を埋めた。鼻水やら涙やらが志岐先輩のブレザーを汚しているけど気にしないことにした。 先輩も気づいているけど放そうとはしない。耳の近くでは、落ち着かせるような音が聞こえていた。 「憧れねぇ。可愛い本音だな、マジで」 「五月蝿いッス」 「…そんなお綺麗じゃねぇからオレも困るけどな。大体、本当は普通に彼氏のフリだけの予定だったんだけど、」 「だった?」 ピタリと止まった言葉に疑問符を返せば「何でもない」と、実に歯切れの悪い言葉が返ってきた。でも、おれは気になったままだ。 今回の事で裕人も、和泉もその辺のことは不明瞭にしている。当事者でもあるおれが理解できていないのは面白くない。 顔を上げて、涙で汚い表情で睨みつけてやれば、観念したように耳打ちされた。 『オレの物、傷物にされそうになったんだ。それなりの仕返しは必要だろ?』 べろん。涙を舐め取る舌と共に告げられた言葉に眩暈がした。 おれ、の、ため? おれ、のため、に、あんなこと、したの、か? 裕人の言葉、和泉の気持ち、和山那都の表情が一気に浮かんで理解した。 涙はもう出てないのに、何かを誤魔化すようにおれは志岐先輩に抱きつくことしか出来なかった。 |