彼女いない暦16年という実年齢と同等のおれだが、この度、彼氏いない暦に終止符を打った。尤もそれは(仮)で表されてしまう関係なのだが。ほもの巣窟、いや、魔窟と称してもおかしくない柚木川高校で、可愛い系の後輩からストーカー被害を受けている県内知名度1の志岐伊織から、おれは指令を受けたのだ。

 彼氏になれ。目くらましに。オレのために! と。

 漫画の読みすぎだろ。オイオイオイ。なんてツッコミを入れることができる相手、学校ならばまだ良かったものの、ノーと言えない日本人根性を発揮し、おれは首を縦に振るしか出来なかった。どんまい、おれ。
 それにしても、志岐伊織のイメージは血肉を啜るイメージ…と、いうほど強烈ではなかったが、暴走族を片手で止める程度のイメージを抱いていたのだがどうにも印象が違った。なんというか、確かに空気や見た目は明らかに違うのだけど、口調が原因だと思うが少し、気さくな印象を持った。
 無理矢理交換させられたアドレス。志岐伊織の名前はサ行の場合見えるものだ。よかった、よくメールをする人間が裕人――藍田裕人で。
 裕人は今までの学校生活でほぼ出席番号が一番か二番にしかなったことがない男だ。送信履歴よりも名前変換でメールを送ることが多いおれからすれば、どうでもいいことであいつの存在が役立った。

 さて、ここまでが所謂昨日までの話である。志岐伊織に呼び出されたのは放課後で、茜色の世界に染まったノスタルジーで、情緒溢れるまさに愛の告白に相応しい時間帯だった。
 その為「じゃ、明日からな」と、自分の納得いく流れになりご機嫌麗しい志岐伊織はそのまま帰ったのだ。
 つまり。おれの地獄の日々、そんでもってパシリ生活はここから始まるのだろう。いくら高校生でバイトしているからといって、いくらなんでもそこまで金は持ってない。
 あいつは彼氏だとか、カモフラージュのためなんて言い方をしていたが、もしもその後輩がすんなり離れていったからといって、すぐにお役ごめん。と、いうわけにはいかないだろう。
 おれに待っているのはパシリの生活。たぶん、後輩を騙す間もきっとそんな役だ。現役男子高校生には欲しいものが沢山ある、CD、DVD、漫画、ゲーム、服、買い食い、そんでもって夜のお供。右手の活動物資。
 それらを搾取されるとなると結構キツイ。いや、めちゃくちゃキツイ。

「(大体なんでおれ? 他にも平凡童貞野郎は五万と存在してんじゃねぇか)」

 大体、あの不良の頂点ですビバ☆オレ! の、ような志岐伊織だったら相手の子には悪いが、殴るとか蹴るとかするだけで去ってしまいそうだ。たぶん、今まではそんな風にして追い払っていた筈だ。
 ああ…いや待てよ、いやいや、それはない。ないないそれは。
 殴っても、蹴っても、女を相手にしているのを知っていても近づいてくる可愛い後輩。頭の中に浮かんだ言葉、ちょっと待ってくれと自分の考えにツッコミを入れる。

 そいつってもしかして、噂に聞くドMって性癖の持ち主じゃねぇの?
 もしもこの考えが当たってたら、おれ、結構まずくね?



back : top : next