その日は、ベッドに入っても寝られなかった。

 なんで裕人は会ったことも無い志岐伊織の事が理解できるのか。
 どうして志岐伊織はあんな事をしたのか。
 なぜ和山那都はおれと志岐伊織を会わせたいのか。

 なんで。どうして。なぜ。
 浮かんでは消えて、消えては浮かぶ。雁字搦めの状況に頭が痛くなってくる。悪いのはやっぱり志岐伊織で、おれはあいつの行動が許せない。
 けど、裕人の言い方だとなにか理由があったみたいで。おれはその理由を知らなくて。
 あ。と、気づいた。
 知らないから、おれは裏切ったって思うんだ。聞いてないから、嫌いになるしか出来ないんだ。でも、それに気づいてまた別のものにも気づいた。

 あいつにとって、おれって、なんなのだろうか?



× × ×



 一晩中考えた結果、眠れなかった。フラフラで家の中を歩いていると、姉ちゃんが「邪魔」と、分かりやすく傷つく言葉でおれの背中を蹴り上げた。
 腐女子でもいいからさぁ、おれはえーこちゃんみたいな妹が欲しかった。
 ドメスティックバイオレンス・シスターの暴言を背に家を出た。姉ちゃんは今日も朝からパワフルだった。

「ふわぁ……」
「……」
「すっげぇ、ねむ………………」
「……はよ」

「か、和山、先輩!?」

 銀色の髪が朝から眩しく輝いている。眠いです。そういう文字が覗く眼差しを向けられ、素っ頓狂な声が唇から放たれた。
 欠伸をこぼすことすら困難なほど眠そうな和山那都は頭をフラフラさせている。
 徹夜しているおれ以上に眠そうだった。って、そうじゃなくて。なんで、この人までおれの家を知っていて、この場所に朝一で来ているかが問題だ。

「な、なんで…」
「お願い、するからだろ……ねむ」
「それ、は…志岐先輩関係ッスよね?」
「ん…。牧野眠い」

 いや、おれも眠いけどアンタの方が眠そうだよ。
 今にも眠くて倒れそうな男を見ているだけでおれの眠気は吹っ飛ぶ。嫌な意味でだ。
 このままこの人をここに放置していると、立ったまま寝てしまいそうだったから放置も出来なかった。
 フラフラと危うげな和山那都に慌てて近づけば、丁度いい支えと勘違いされたのか和山那都はおれの体をぎゅっと抱きしめた。
 おいいいい! 朝一だからここも当然通学路だ。駅から近いからサラリーマンだって、キャリアウーマンだっている。

 銀髪の長身男前。って、だけで視線は集まるのに、そんな男が平凡男…あ、いや。顔は見えないからわからないか。
 とにかく、男を抱きしめているとあらぬ誤解を招く!
 特に近所の人間には牧野さん家の政哉くんて絶対にばれる! えーこちゃんにだけはバレたくない!

「ちょ、先輩離れて!」
「あったかい」
「知るか! おい、お前衆人環視って言葉知ってるか!?」
「うん。現文得意」
「揃いも揃って不良が授業出てんじゃねェよ! 真面目か!」

 悲しいかな、おれは和山那都よりも小柄だ。と、いうかこいつが巨大なだけだろう。圧し掛かってくる重さに耐えていると、牧野。おれを呼ぶ声が耳元で聞こえた。


「志岐と、会って」
「………」
「ごめんな」


 なんで、皆してあの男を庇うんだろう。和泉だって、そういえば何も言わない。あいつは志岐伊織が好きだったせいもあるだろうけど、文句を言っているのはおれだけだ。
 まるで、自分だけが子どものような感覚に歯噛みした。
 なんだよ、なんで、なんで皆あいつのこと理解できるんだよ。おれは、おれは全然、理解できないのに。

「牧野」
「……何スか」
「牧野は、悪くないからな」

 抱きしめながら頭を二三度ぽん、ぽんと叩いた男の掌の感覚に縋りたくなった。
 情けなくて、悔しかった。もっと、皆に近づきたかった。もっと、おれだって、あいつの事理解したいって思った。

 節ばっている男の掌は、おれが無意識のうちに掴んでいたブレザーを放すまで、リズムよく背中を撫でていた。



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