開口。ってか、開いた口が、閉じられなかった。
 下から聞こえてくるテレビの音が妙にリアルで、笑えてくる。真剣な表情の裕人を前にし、ひゅっと喉から嫌な音が鳴った。

 好き?

 誰が。おれが。誰を。志岐伊織を?
 最初から最後まで迷惑な存在で、あいつ、おれのこと利用したんだぞ。途中でいい先輩だって思ったさ。でも、今は裏切られたって思ってる。
 睨み付けるように裕人を見たら、裕人は特に意味もなく笑う。それが、今は何故か無性に腹立たしかった。
 真剣に考えてるって分かる。裕人はおれの事に関して絶対にふざけない。他人が聞いたら何だその信頼感。って、言われるかもしれないけど、おれたちの関係はそういうものだ。
 だから、今の言葉が嘘じゃない。偽りじゃない。それが、ムカついた。

「和山先輩に言われたんだろ? 会ってみなよ、政哉」
「嫌だ!」
「意地張っても解決しないからな」
「張ってねぇ! なんだよ! なんで、何でお前」

 何で、志岐伊織と、おれの問題は、最初から最後まで、あいつの味方みたいな言い方なんだよ。
 昔からずっと、おれの味方だったじゃん。おれが間違えた時ちゃんと諭してくれた。いい奴だ。裕人はそういうことが出来る人間だ。だからおれも懐いてた。
 でも、なんで、なんで今回は、志岐伊織の肩ばっかり持つんだよ。
 なんで、お前あいつと会った事がないのにあいつの考え理解できるんだよ。
 おれの方があいつと居たのに。おれ、全然あいつの気持ち理解できないよ。なんで、なんでお前、好きだなんて、理解できない言葉言うんだよ。

「俺さ、政哉のこと大事だよ。お前のそういう純粋ってか、一本筋を通すって考えは嫌いじゃない。むしろ、好きだって思ってる」
「……」
「でもさ、お前知ってるじゃん。志岐先輩がどんな人なのか。どういう人だったか。だから、幻滅したんだろ? 裏切られたって思ったんだろ? 最初のイメージのままだったら、嫌な先輩で終わってた筈だろ?」

 最初のイメージ…。
 柚木川高校だけじゃない、県内でも有名な不良。暴力行為を平気でして、おれを利用した。
 話していて気づいたこと。意外に真面目に授業に出る。甘いものが結構好き。セクハラ大好き。えろい。気に入ったものはとことん愛でる。後輩が欲しかったみたい。
 嫌いなものは見つけて欲しいと言った。女の子が好き。面倒見が結構いい。不良なのに、不良に見えなかった。小銭ぶつけて、面白いなんて言われた。

「どうして、和泉はそういう目にあったんだろうな」
「そういう……体育倉庫の話?」
「ああ。今まで、政哉を『彼氏』として傍において置いただけなのに。どうして急に、そういうことをしたんだろうな。先輩は」

 そんな事知るかよ。考えを放棄しようとしたおれの両頬を裕人の手がむにっと掴んだ。バスケットボールを巧みに操る裕人の手は大きいから、すっぽりと入ってしまう。
 真剣な目がすぐ近くにあった。責める様な色が微かに見えて背筋が戦慄く。
 おれは、悪いよ。でも、悪くない。そんな考えがどんどん融解していく気がした。

「考えろ、政哉。俺の幼馴染はそんな根性無しじゃない。真直ぐで、お人好しで、馬鹿なんだから」
「ひふれーらな!」
「仕方ないだろ、俺も結構戸惑ってるんだからさ。…ったく、えーこの喜びそうなネタの宝庫だな、お前の学校は」

 頬から手を離し、落ち着かせるように頭の上に手を置かれた。
 頑張れと、言われている気がした。

「……裕人は、今回意地悪だな」
「その言葉は和泉君と、志岐先輩の代弁者として受け取っておくよ」



back : top : next