和泉の話は静かに降りそそぐ五月雨のように続いていた。
 午後のまどろみの中、少し高い和泉の声はまるで詩を朗読しているようにも聞こえた。

「俺は、大嫌いな自分の見た目を利用して志岐先輩に近づきました。女しか好きにならないって知ってたから。見た目だけならその辺の女に、負けなかったから」

 エスカレートしていく感情。底辺のない想い。
 和泉を見つめ、おれは彼の話に耳を傾けていた。話し方を意識して、少しでも好意を持ってもらおうと接して、傍にいたくて、憧れで。
 でも、拒否された。否定された。自分が悪いとわかってる。それでも、ショックだった。

「後で、気づくんです。何であんな事したのか。他に出来なかったのか」
「うん」
「牧野先輩を初めて見たとき、死ねばいいのにって思った。女だったら、仕方ない。でも、同性はどうしても嫌だった」
「…うん」
「諦めてるのに。どこかでは、駄目だって。でも、抑え切れなくて」

 いつの間にか和泉は泣いてた。静かに、声だけを震わせながら。
 たぶん、和泉はおれよりも不器用なんだろうな。嫌いな自分、憧れの人、自分が嫌いだから偽ってしか接する事が出来なかった。
 志岐伊織は、和泉のそういう部分を嫌っていたのかもしれない。
 あの人、おれが素直に何かを言うとき、嬉しそうにしていたから。はじめに素直に接していたら、恋人にはなれなくても、後輩として接していたかもしれない。

「おれ、和泉のこと尊敬してる」
「……あんた、馬鹿ですか。襲われてるのに」
「いや、そこは許せない。でも、お前先輩に好きになってもらいたくて努力して、自分の嫌な所おれに言えてさ、勇気持って告白までしてる。そこまで好きになるのって凄い、和泉は凄いよ」

 半眼で睨みつけてくる和泉は涙で目が赤かった。鼻水まで出て、鼻の下も赤い。
 それでも、今まで見てきた和泉の表情の中で一番可愛くて、一番男らしい表情に思えた。

「牧野先輩は、お人好しですね。だから俺らに巻き込まれるんだ」
「――やっぱり、気づいてたのか?」
「気づかない方が馬鹿ですよ。体育祭から、あんた達一緒に登下校してない」
「ごめん」
「謝らないで下さい。…志岐先輩にそこまでさせた俺が悪いんだから」

 おれじゃなくて、志岐伊織にかよ…。そこで思わず空笑いが零れたが、和泉は特に意識している様子はなかった。
 ただ、さっきまで垂れていた頭が起き上がり、おれの方に視線が向いていた。赤く腫れている目に、涙で汚れてる表情なのに真直ぐ射抜く眼差しはむしろ男前だった。

「先輩」
「ん?」
「前、言ったこと言い直します」
「…前?」
「平凡で、普通で、何の面白味もない人間。って、言ったけど…それに、馬鹿みたいにお人好しだって付加します」

 それは、褒めているのか? よく分からない褒め言葉みたいなものに首を傾げれば、和泉は少しだけ笑って見せた。
 体育倉庫で見せた涙とは違う涙が微かに見えて、おれは笑った。
 思ってたんだ、ずっと。話したいって、話してみたいって。話せてよかった、知れてよかった。そうじゃなかったら、和泉のこんな顔、見れなかったから。



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