「羽月春樹って言います。これからよろしくお願いします、センパイ」
「おれは牧野政哉。よろしくな春樹」

 和山那都で驚いて、オーナーの息子の存在に驚いて、疲れ果てているところで後輩の春樹の存在は癒しでしかなかった。
 おれはバイト先では料理が一切出来ないから主に接客担当だ。でも、春樹は料理が得意らしくて調理で雇われたらしい。
 和山那都は息子という事で、臨時で入るそうだ。
 当然だけど、顔はいいけど無口過ぎて接客なんて出来る筈もない。させる気配すらなかった。
 それでもオーナーは怪我のせいで店を長く開けていたから、今後はそういうことが無いように息子を生贄にしたようだ。
 その考えはおれの不幸の始まりでもあったが。

「こういう偶然ってあるんだな。むしろディスティニー?」
「お前帰れよ。主に土に」
「死ねって事じゃね? 春樹くーん、気をつけてね! この先輩怒りっぽいからね!」
「悠一てっめぇ…!」

 気をつけてね。と、言われても気をつけるべき相手は、おれよりもあの不良の存在だろう。
 春樹も可哀相に。バイト初日で死刑執行人の隣だ。
 厨房で一緒にいると気になるのだろう、チラッと横目で確認している姿がおれにもわかるほどだ。
 ニヤニヤしている悠一を尻目に、おれは接客用の服に着替えることにした。
 白いシャツは自前のものだけど、ズボンとエプロンは支給される。黒地に新しいロゴが入った制服を与えられて更衣室に入った。
 更衣室といっても、従業員が男しかいないから着替えるスペースと荷物置き場が共用だ。こういう部分こそ、改装して欲しい場所だ。
 店の中のテーブルやカウンターも綺麗なものになっていたのに、相変わらずここは暗くて湿った空気がある。

「……和山環って言ったのか。あのオーナー」

 オーナーのフルネームを知らなかったおれが悪いのか、ちゃんと自己紹介をしなかったあの人が悪いのだろうか。
 ブレザーを脱いでハンガーにかけた。
 そこには春樹のものと思われるブレザーがかかっていた。……仲良くできればいいな、なんとなく気が合う気がするし。
 下も履き替えてエプロンをつけようとした時、コンコン。と、後ろの扉からノック音が響いた。

「はい?」
「牧野、俺」
「……何スか、先輩」
「開けるぞ」

 返事も聞かずにドアノブを回し、入ってきたのはやっぱりエプロンの似合わない和山那都だった。
 そういえば…今更だけどこの人が様々な原因の人物だ。この人も志岐伊織と組んで人の反応を見て楽しんでいたのだろうか?
 この人は、おれがここで働いてたの知っていたのだろうか。
 じっと見ていると何か文句を言いそうだったから目をそらした。「ごめん」聞こえてきたのは、嘘みたいな言葉だった。

「………………は?」
「俺、牧野が、親父のとこで働いてたの知ってた」
「……はあ」
「牧野は俺らに会いたくないって知って、会いにきた」
「知らないッスよ、そんなの」
「志岐、気に入ってたんだよ。おまえの事。自分で思うよりもずっと」

 抑揚が無く、単調な喋り方の先輩に視線を向けた。
 無口だが、言葉を溢れさせるよりも強いもの、目が、おれを捕らえている。
 何が言いたいんだよ。最初におれを置いていったのは、あの人だ。最初に背中を向けたのは、志岐先輩じゃないか。
 薄暗い更衣室の中で、困ったように言葉を紡ぐ和山那都は、ごめんな。と、もう一度謝った。

「志岐も、俺も、不器用だから」
「意味わかんねぇ…」
「俺は牧野の事はどうでもいい。でも、志岐には元気になって欲しい。だから、牧野に会いたかった。牧野の迷惑になっても仕方ないって思ってる」
「何が、したいんだよ」

「志岐に、会って欲しい」

 銀色の髪の隙間から、碧眼の力が見えた。
 おれは肯定も否定もできず、ただ、拳を握り締めることしか出来なかった。



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