「Zizz」それがおれの通っているバイト先の名前だ。結構綺麗な場所で、こじんまりとしたカフェである。
 コーヒーをメインに出していて一緒に軽食も出しているけど、お客さんにはケーキが人気だ。
 最初は佐奈さん――オーナーの奥さんがケーキを作りに来てたけど、家が遠いらしくて半年ぐらい前からこなくなった。今ではケーキもオーナーの手作りだ。
 以前の店内は自然のものを利用してアットホームな雰囲気だった。
 電話越しにオーナーに様子を聞いて、店の雰囲気を尋ねたら、耐震に優れて防火に優れている! と、一切聞いてないことを言っていた。
 まあ、確かに以前の「Zizz」はすぐに崩れそうで燃えそうだったけど。

「…変わりすぎじゃね?」
「以下同文」

 やっぱりついてきた悠一も、おれ同様に呆気に取られた顔をしていた。
 なんていうか……お洒落になってた。
 白と灰色のモノトーンで色は暗いけど、窓が大きくなっていて店内は明るい。カウンター席はシックな色で大人っぽい雰囲気だ。バーも出来そう。
 こじんまりとしているのは敷地面積のせいで仕方が無いけど、確かに綺麗になってた。そして耐震性も防火性も以前より優れてそうだ。
 「Zizz」の看板が読めない筆記体になっていて、一瞬で佐奈さんの趣味だってわかった。前はオーナーの趣味で、改装後は佐奈さんの趣味か…。

 カラン。

 カウベルを鳴らして店に入る。オーナーは調理場にいるのか、奥からは水を流す音がする。今日は店の様子見で早く来てお客さんはいなかった。
 元々この店には常連客しかこない穴場みたいな場所だ。おれもバイトというか、手伝い感覚でここには通わせて貰ってる。
 オーナー! 呼べば調理場から一人の男性が出てきた。
 三十路を過ぎているのに若々しい雰囲気、180を越えている長身で近づけば圧迫感のある人。でも、笑った顔は男前と言うよりも人懐っこい感じの憎めない人。
 「Zizz」のオーナー兼マスターは久々に包帯の巻いてない姿をおれ達に見せた。

「お、政哉に悠一。久しぶり」
「オーナー退院おめでとうございます。あ、これ花ッス」
「おお、悪ィな」

 ニッと笑ってオーナーはおれの持っていた花を受け取った。
 本当は入院中に渡したかったけど、新学期が始まって忙しくてなかなか渡せなかった。店でも飾れるような花を選んだので、早速飾ろうとオーナーは花瓶を取りに行った。
 その途端、調理場からガッシャーン! と、食器の割れる音と「あ」と、いう間抜けな声と「先輩!」と、慌てた悲鳴が聞こえてきた。
 どちらの声もあまり聞き慣れていないものだ。
 疑問を浮かべ、悠一と二人でオーナーに視線を向ければ空笑いを浮かべていた。

「……とりあえず俺の息子と、新しく入ったバイト紹介するわ。同じ高校だからお前らも知ってるかもな」
「え。オーナー子どもいたんスか」
「アホ。いくつだと思ってんだ。35だぞ、可愛い嫁さんいるから息子もいるわ」

 そう言って、オーナーは調理場に顔を向けた。
 今までバイトはおれだけで、たまに悠一が手伝ったりしてたけど、怪我をして少し不安になったのだろうか?
 怪我の原因が酒なんだから多少減らせばいいと思ったけど、言う前に新しいバイト仲間が視界に入った。

 一人はおれよりも小柄で、明らかに後輩だと思える男だ。
 黒髪に、少し灰色っぽい目をしている。髪は飛び跳ねているけど寝癖なのか、ワックスでしあげたものなのかわからなかった。
 その辺にいそうなごく普通の男。最近は妙に美形とエンカウント率が高かったから親近感を覚えた。
 でも、その隣にいる人物を見れば一気に言葉が消える。
 似合わない「Zizz」のロゴが入っている黒いエプロン。手には泡塗れのスポンジがある。
 シルバーの髪に碧眼はヨーロッパ辺りの人種を思わせる。すっと通った鼻筋は男前で、その人の事をおれと悠一は知っていた。

「こっちがバイトの羽月春樹。こっちが息子の和山那都な」
「息子ォ!?」
「似て…なくもない? え、佐奈さんが外国の人?」
「佐奈がハーフな。イギリス人のばあちゃんがいるんだ。目だけ自前で後は作ってるぞ」

 無表情の男前。和山那都は「よろしく」と、平然とした顔で言い放った。
 関わりたくない。志岐伊織に繋がる全てに。
 でもどうして、こう……物事はうまくいかないのだろうか!



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