「何するんスか……」

 ジャージを捲られて腹を丸出しにした先輩を睨みつける。
 最早服を捲る程度では微妙にしか動揺しない自分自身にショックを受けるが、おれのそんな反応に先輩はつまらなそうな顔をするだけだった。
 やっぱり動揺して焦るおれが見たかったみたいだ。伊達にここ数週間付き合っていたわけじゃない。
 べろんと捲られたジャージを自分で戻し、ふふん! と、鼻息荒く先輩に視線を合わせたら面白そうな顔をした志岐先輩がおれを見ていた。

「先輩がおれをからかう事なんかお見通しッスよ」
「牧野くんは理解が早くて助かるな」
「いつまでもやられてばっかりじゃないッス……ってぇぇ!?」

 ちゅっと、首元に嫌な音がした。さっきまで真正面に先輩の顔があったのに、いつの間にか首筋に先輩の頭がある。
 首に柔らかい髪の毛が当たってくすぐったい! 甘いフレグランスの香りが鼻に届く。
 生暖かい感触が首筋に這い回る感覚に背筋が粟立つ。

「ちょ! もう! 誰か来たらっ」
「来ないって。……牧野肌白いな」
「ひぅ…っ」

 へ、変な声、出る! 力がゆっくり抜けていくし、どうなってんだよおれ。
 会う度に激しくなるスキンシップに心は慣れないのに、青少年の体は無様に反応してしまうみたいだ。
 先輩は首元で小さく笑いながら静かにマットの上におれを転がす。本気で、この人楽しんでやがる。
 押しのけようとするけど、体格差とか、力の差で先輩は一切動かない。
 ホモ嫌いなくせに、こういう場面で人をからかうのが好きなんてどんな根性をしてるんだ、志岐先輩は!
 睨み付ければ先輩は不意に顔をあげて、少しだけ真剣みを帯びた眼差しを向けた。
 先輩はおれの腹に手を這わし「痛いか?」なんて、聞く。押されたら痛いし、たまに鈍痛もするけど、そんなに心配するものじゃない。柔らかな眼差しを見て、抵抗するのも忘れていた。

「へ、いき…ッス」

 腹を触っていた先輩の手を掴もうと腕を伸ばしたら、ガダン。と、重いものを引く音が聞こえた。
 音に肩を震わせた瞬間、先輩が自分の肩におれの顔を押し付け微かに笑った音が聞こえた。
 おれといえば、ただでさえ薄暗い室内なのに、志岐先輩のせいで何も見えない。
 でも、誰かがいる気配はする。絶対手紙の人だ。え? 誰? 和泉? 誰?

「――し、き…せんぱ」
「よぉ…お前もこいつの可愛いとこ、見るか?」

 やっぱり和泉だ。聞いた事のある声に確信する。彼のほうを見ようとしたけど、押さえつけられた腕の強さに振り返る事が出来ない。
 小さな声が耳に届き「じっとしてろ」と、言葉が聞こえる。
 不機嫌な声音ではなく、どこか楽しそうな音が混ざっている気がした。

「なん、で……牧野先輩と」
「当然だろ。こいつはオレのだからさぁ、いつでも一緒にいるに決まってるだろ」
「でも!」
「それとも、なに? 和泉も政哉のカワイイとこ、見たいわけ?」

 ジャージの中に入っていた手がつっと背筋を撫でた。後輩が、しかもあの和泉がいるのにこの変態は手加減を知らないのか!?
 ぐっと歯を噛み締め、粟立つ感覚を抑えているとふっと生暖かい息が耳に吹きかけられた。
 嫌な相手が目の前とか、変態触るなよりも、羞恥がとにかく勝っている。でも、志岐先輩はそんなものお構いなしにちゅっとおれの耳を舐めた。

「っやぁ…!」
「あー、かっわいなオイ」
「……っ失礼します!」

 ガン! と、先ほどとは違い甲高い音を立てて閉まった体育倉庫の扉の音に、思わず体が震えた。
 その瞬間、おれの体は先輩から離れ視界が一気にクリアになる。
 見えたのは、後輩が駆け出している姿。聞こえたのは、背後から小さく笑っている音だった。



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