落ち着けおれ! と、考えた結果おれはとりあえず教室に携帯を取りに行くことにした。
 教室に戻れば似たような考えのクラスメイトが既に呑気に教室で休んでいる。のんきなもんだ、こいつら全員おれの気持ちも知らないでよ! 言う事も出来ないけどさ!
 それにしても…困った。
 さっき靴箱に入っていた手紙を見る。綺麗な字で、ボールペンで書かれている。明らかに和泉…で、あるという保障は無いけど、この状況は十中八九それではないだろうか。

 しばらく考え、一先ず志岐先輩に連絡を入れることにした。
 腹の傷が出来た際、なんだかんだであの人は落ち込んでいたし、こういう風に危ないかもしれない可能性を見出せば絶対に連絡しろと言われている。
 輪姦とか、和泉も怖いけど一気に人を五人ぶっ倒せる志岐先輩が何よりも怖いって話だ。
 むにむにと携帯を操作し、送信履歴の一番上の人物を選び「今どこスか」と、簡単なメールを送った。
 先輩ってリレーの選手に選ばれてたらしいから足は速いんだと思う。だったら忙しいかもしれない。その場合は無視だ、無視。手紙の主には悪いけどスルーさせて頂きますよ。
 手紙をじっと見ていると、ブブッと掌の携帯が震えた。ディスプレイには「志岐伊織」の文字がある。すぐに返事が来たのはサボっている証だ。

「……マジかよ」

『――体育倉庫で仮眠』

 空気読みすぎの手紙の主に、空気を一切読まない先輩に言葉はなかった。



× × ×



 体育倉庫は体育館の奥にある。普段は教科担当の先生が鍵を管理しているけど、体育祭の時期は運動器具の出し入れが面倒だから実は開けっ放しになっている。見廻りもいないから、穴場的場所だ。
 手紙の件をメールで先輩に伝えてみれば、来れば。と、簡単なものが返ってきた。まあ、和泉が来るかわからないし、何時に来るかもわからないからいいけど。
 手紙と携帯をジャージのポケットに突っ込み、志岐先輩の下へ急いだ。
 下手に廊下で揉め事に出会うのも面倒だし。志岐先輩がいるなら体育倉庫に近づく猛者は少ないだろう。

「せんぱーい、牧野ッス」
「うぃーっす。サボリ魔の牧野くんか」

 体育倉庫に入れば跳び箱に腰を預け、ニッと笑った先輩がいた。
 先輩は携帯を片手に手を振り、その行動でディスプレイの明かりが薄暗い体育倉庫内を照らしていた。
 先輩のいつも通りの表情を見て忘れそうになったけど、おれ先輩に用事があってここに来たわけじゃなくて、手紙と先輩のいる位置が合わさってここにきただけだ。

「先輩、これどう思いますか?」
「あぁ? あー…牧野が貰ったってラブレターね」
「熱烈で羨ましいッスか?」
「そーだな」

 おれの言葉は完璧スルーで、先輩は何食わぬ顔でじっとそれを眺めて、破った。

「ちょ!? 志岐先輩何してんスか!」
「あいつのだったら気味悪いだろ?」
「いやでも、他の人からのもしれないし!」

 適当に破っておれにじっと視線を合わせた志岐先輩は意外そうな顔をしていた。どういう意味でそんな顔をされたのか分からないけど失礼だと思う。
 送り主が誰かもわからない…そりゃ、確かに今は和泉の確立がダントツで高いし、こんな男子校で場所しか書いていないものなんか怪しすぎるだけだ。
 正直、不気味だし関わりたいものではない。でも、いきなり破ることは無いだろ。
 もしも普通のやつからの手紙だったら? ありえないけど重要なものだったらどうするんだよ。体育倉庫に来い、書いているのはそれだけだよ。
 でも、自分が貰った手紙が目の前で破られるのは気分のいいものじゃない。

「…男子校で、アイツ関係以外のものだとしてもイイものじゃねぇだろ」
「いや、そうッスけど。でも、やっぱ破るのは駄目ですよ!」
「牧野ってさ、思ってたけどやっぱお人好しだよな。あーんなことしたオレにまで関わってるし」

 あんな、こと? 今更言われても色々な被害にあいすぎて最早何に該当しているのかわからない。
 散らばった紙がマットの上でぐしゃぐしゃになっている上を先輩は踏みつけ、不敵な笑みを浮かべおれのジャージをべろんと捲った。
 薄暗い中、おれの腹には皮膚の色が少し変化した部分と、小さな鬱血痕が残っていた。



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