志岐先輩にガードをされていた日々はあっという間に過ぎ、体育祭を迎えた。 腹の傷は薄く残っているけど、痛みはもう無い。家から学校まで徒歩通学のおれは制服に着替えるのも面倒でそのままジャージで行くことにした。電車通学はこういう場合面倒そうだ。 昨日まで地獄の特訓生活を過ごしていたリレーメンバーはやっと解放される…! と、今頃涙を流し喜んでいる最中だろう。 それもこれも、優勝クラスの賞品である焼肉のためだ。高校男子にとって焼肉は抗えない魅惑の食べ物だ。ギブミー肉! 円陣の掛け声をそれに決定したおれのクラスはまさに獣だろう。 「いいよなー牧野。電車通は制服だからな」 「登校姿でわかりますよね、家の距離」 「オレも引越してぇ、徒歩五分の距離に」 先輩との会話は結構慣れた。中学のとき、裕人と同じバスケ部だったから先輩後輩の付き合いは割りと平気だ。尤も、バスケも二年の時に辞めてしまったけど。今ではバイトをしてるから部活はしていない。 だらだらと歩いていると、校舎が見えてくる。だらだら歩いて十五分程度、普通に歩けば十分程度の距離におれは住んでいる。最初は会話も無く歩いていたけど、先輩の家に泊まってから結構平気で話をしている。 そうすれば周囲はパシリと不良という目で見ることはしなくなった。やっぱり堂々と振舞っていれば結構平気なんだろう。志岐先輩が前を歩いて、おれが無言で後ろを歩く。そりゃあ周囲から見れば不審だろ。 「先輩って何か競技でますか?」 「あー…リレー出る。勝手に決められてた」 「不良を勝手に競技に出すクラスメイト…」 「おっかしいよな? 普通怖がるだろ!」 ここは、あれか? ツッコミ待ちだったりするのか? 数秒後、おれは「志岐先輩だからじゃないスか?」と、ツッコミ頭突きを食らわされることになる。 「牧野、額赤いぞ」 「照れてるからだよ」 「何に?」 いちいち五月蝿いクラスメイトの言葉なんて無視して、おれは整列している一番前を見る。背が標準よりも少し、少し低いおれは前から五番目だ。 用意されている壇上には生徒会長が開会式の言葉を言い、校長の挨拶が軽く行われている。 五月だからまだいいけど、秋なんかにしたら本気で暑くて熱中症になってしまうだろう。男子校の体育祭は暑苦しい。唯一の救いは五月の風の涼やかさではないだろうか。ジャージの首元をパタパタと動かしている間に校長の挨拶は終わり、競技への準備が始まった。 「悠一パンフある?」 「お前自分のどうした」 「教室に忘れた」 「…いいけどさぁ。どうせ途中サボりだろ? 障害物は昼からだってさ」 「どもー」 こういう部分はどうやら賞品があっても変化は無いみたいだ。クラスで一致団結しているけど、自分が出ない競技の時は明らかに人間が減っている。 だらだらと男が走っているのを見て誰が面白いというのか。おれは面白くない。だから見たくない。 と、いう訳で自分が出ない昼過ぎまでサボらせて頂きます。悠一は陸上部だからほとんど競技に参加する。恨めしそうな顔を向けられたが、普段おれの事をからかっている罰だ、罰。 サボると言っても、似たような人間が多いから中庭は既に占領されているだろうし、校舎裏はこの間襲われているから却下。とりあえず教室に戻って携帯と、弁当を取ってきた方がいいかもしれない。 人のいないシンとした靴箱に足を運べば背後から音楽が流れてきた。走る音に、空砲の音も響く。これを聞けば体育祭だなーと、変な実感が湧き上がる。 「青春だな……あ?」 そんな青春真っ只中、おれの靴箱には一通の手紙があった。ラブレターなんてこの学校で貰ったら切なさしか湧き上がらない。一度閉めて、落ち着け。と、息を整え再度開いた。 ある。見える。存在している。不幸の手紙であれ! 赤紙であれ! おかしな事を考えて手紙を開けば、短い文字があった。 『体育倉庫で待っています』 誰が、なんで。 浮かんだのは和泉かなで、理由は簡単、おれに先輩を諦めさせるため。 落ち着け、落ち着けおれ! 大丈夫ですよねおれ! 愉快な音楽と男の野太い怒号が響く中、おれに迫った青春の一ページに修羅場の文字が躍っていた。 |