家庭的不良エロという確固としたジャンルを手に入れた志岐伊織先輩は、本当に女の子にモテる要素たっぷりだと改めて思った。料理できるし、裁縫できるし、掃除も割と好きらしい。これだけ聞けばなんて愛らしい女の子だ! と、思うが先輩は美形で目つきの悪い不良だ。
 家に電話を入れれば姉ちゃんが出て「彼女か、彼女かまさ君」と、にやにやした声で返事を返してくれた。彼女だったら良かったです。彼氏です。と、喉まで出かかった言葉は消えた。

「何黄昏てんだよ」
「ああ、いや…彼女欲しいなって」
「だから、牧野が良ければ紹介するけど」
「ケバい子ッスよねぇ!? おれは清純派が好きなんスよ…!」
「オレだって好きだ」

 なんのカミングアウトだ。ってか、先輩だったら清純派の子も最初は怖がりながら、でも、最終的には完全に惚れさせてしまいそうだ。だって、そういう人だ。家庭的で、変に気さくで、気に入った存在には優しい。
 これも気に入られたせいで分かったという悲しい結果だけど。ボタンがきっちりつけられている白いシャツ、これだったら親も不審には思わないだろう。腹の傷と……このキスマークさえばれなけりゃ大丈夫だ。

「じゃあ、そろそろ寝るか? 牧野、オレと「ソファで」…お前も読めるようになったな」

 つまらなそうに言う先輩に、当たり前だろ。と、胡乱な眼差しをぶつけてやる。男でも女でも相手の嫌がる顔が大好物な先輩に早々付き合っていられるものか。警戒心を隠そうとしないおれを見て、先輩は苦笑いを浮かべた。
 …この人って、本当意外によく笑うよな。たぶん、おれより笑ってる。

「客室があるからそこ使えよ。普段は和山が出入りしてるからある程度は綺麗だし」
「あ、どもッス」
「いいや。オレも今日は随分愉しませてもらったし、さびしくなったらオレの部屋に来いよ」
「(行くか死ね!)」

 すれ違い、おれの頭を撫でて先輩は眠たげな欠伸を零した。最悪の、一日だったなオイ…。溜息を吐き出し、客室に入れば一気に力が抜けてそこから先の記憶は一切無かった。



× × ×



「……で、それが志岐先輩とバイク登校してきた理由かよ」
「まあ、な」

 次の日、おれは何故かクラスメイトの悠一にゴミ捨てから、今日の朝に至るまでの過程を説明していた。勿論セクハラについては触れていない。ただ、家庭的不良であることは告げてみた。悠一は見事に驚いてた。

「先輩ってさ、怖いけど怖くないよな。自分から喧嘩売らないし」
「そうなのか?」
「政哉散々死ね! とか、うぜぇ! みたいな事言ったんだろ? それで殴られてないからいい人…でもないけど、いい人っぽいじゃん」

 それはお前、悠一には言わないってか言えないですけど、おれは圧倒的なセクハラ受けているから言葉の暴力ぐらい甘んじて受けてくれないと、まじでおれの神経ぶっちぎれるからな。と、言いたかった。
 言わないおれは大人で常識人だって自負しても構わないだろう。その位させてくれ。
 悠一がおれに話しかけてきたのは休み時間。その間、クラスメイトもおれを見ていた。先輩と一緒に和山先輩のバイクを借りて通学してきたことも理由にあるけど、あの志岐先輩がおれを心配しておれのクラスまでずっと一緒だったせいだ。
 おれも一応男だからね。守って欲しくないですからね。流石に二年ばっかりの廊下で襲われるか!
 散々小声で言ったが、知らん顔をされ、平然と連れてこられたのだ。
 昼休みもあの様子じゃ弁当を食べるために迎えに来る…。ああ、いや、今日は購買だから一緒に行かされるのだろうか。後輩の和泉とバトンタッチしたい。不謹慎だけどさ。

「気に入られてるよな、牧野」
「何でだ…。平凡じゃん。普通じゃん。面白くねぇーよ」
「牧野って良くも悪くも、誰に対しても無鉄砲でマイペースだからじゃね?」
「褒められてない。貶されてる。大体おれは女の子に対してジェントルメンだ!」

 ふーん。へぇ。あっそう。返された返事は泣き出したくなるものばかりだった。裕人、裕人が恋しい。おれの唯一無二の親友だったらこんな事言わな……あ、言うわ。平然と。



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