お袋の味を凌ぐオムライスを食べ終わった後、リビングでだらだらしていたら先輩の携帯がバイブ音を発した。志岐先輩は携帯の音楽が流れるのはびっくりしてあまり好きじゃないらしい。…どんな理由だ、それ。

「もしもしー」
『もしもしー、志岐くん? 今ひまー?』

 テレビのリモコンに手を伸ばし音量を下げようとしたら先輩は手で、必要ない。と、合図を送る。まあ、家主は先輩だからおれは別に構わないけど、電話の向こうの声は明らかに女の子だ。それも、今時の軽そうな女の子の喋り方。
 やっぱり志岐先輩だとそういう系の女の子とお知り合いになるんだな。おれはどちらかといえば清純系が好きだ。ってか、怖い系の女の子は気圧されてしまうから話すのもきついだけだけど。
 電話の向こうからは、他の女の子の声も聞こえてくる。グループで行動しているようで、先輩を誘っているみたいだ。怒る親もいないし、女の子に誘われているならもしかして…テレビより邪魔なのっておれじゃね?

『どうせ家でテレビ見てるだけでしょ?』
「まあ、近いな」
『やっぱりぃ。ね! 皆で志岐の家行ってもイイー?』

 ちらっと視線をおれに向け、志岐先輩は何かを考えているようにじっとおれを見る。え? 帰れってこと? いや、解放されるなら普通に帰るけど。玄関の方に指を指せば、先輩は首を振ってこっちに来いと合図した。
 ここに来る前なら素直に志岐先輩に近づいたけど、いくらリラックスした今の状態でも志岐先輩には迂闊に近づきたくない。ソファの端に座り込んでいるおれを見て、志岐先輩は首をかしげてシニカルな笑みを浮かべた。わお、ドSな微笑みですね!
 微笑の中、目だけが「こっち来い」と、言っているのは気のせいか? 電話の向こうの女の子と話しながら先輩はジリジリとおれに近づいていた。逃げたい、逃げられない、逃がしてください八百万の神様キリスト様女神様!


「ばぁか、逃がすか」


 エスパーみたいにおれの心の声を聞き取り、隣に座った先輩は呑気に女の子と話をしている。ほんと…どうしておれこの人に気に入られたんだよ。あれか、小銭投げつけたとき? 最初の告白の返し? 時をかけて戻ることが可能になりたい。
 嘆息し、家にいる両親や姉ちゃんに思いを馳せれば、つっと服の中に何かが入り込んでくる感覚がした。お、おい、ちょ…おま、おまえ! だぼだぼのパーカーの中には、先輩の無骨な男らしい手が入り込んでいた。

「ちょ…せんぱ、」
『志岐? 誰かいるの?』
「んー。ネコが一匹だな」
「…っ」

 背筋をゆっくり這う手は肩甲骨を撫でる。つぅっと、背骨を伝うように下りてくる指の感覚に、志岐先輩の腹でも殴ってやろうと決意する。でも、その前に背中にあった手がぐっと力を入れておれを志岐先輩の胸板へと誘う。
 何でこの人片腕だけなのにすっげぇ力があるんだろうか。膝の上に抱えるように置かれ、相手は女の子がいいし、おれのポジションも女の子がいい。そんな風に考える。

「鳴き声聞くか? 可愛いぞー、それなりに」
『ははっ、意味不明だし!』
「ほら、鳴いてみ?」
「……っ」

 間近で見る先輩の顔は、好きな子を相手にしている顔じゃない。サディスティック全開、本人の言葉通りの虐める相手は男女どちらでもOKです! の、顔だった。
 電話を少しだけ離し、志岐先輩は顔を近づけて耳元で言う。「鳴いたら解放してやるよ」こいつまじで逮捕されろ。そんな風に思ったおれは絶対に健全だろう。
 首筋を舐め、鎖骨まで舐める。時々歯を立てられて喉から掠れるような音が出る。その間、背中にある手が艶かしく動いている。本気で勘弁して欲しい。
 おれだって、青少年代表高校二年生なんだよ! 幾度にも渡るセクハラで体は自分の想像以上に敏感になっていた。電話の向こうに女の子もいるのに、目の前には志岐先輩もいる。おれは変態じゃないし、女の子が好きなんだ! でも、先輩のせいで明らかに、おれの息子は反応しかけていた。

「やっ…も」
「あー…その顔イイ。たっまんね」
『志岐さぁ、そのネコって』
「と、いう訳でまたな。それとも何…ずっと聞いていたいほど良かったか?」
『……とりあえず、その子に謝っといて』

 想像以上に常識人で、いい人だった電話向こうの女の子に感謝を浮かべると同時に、ぶちっと携帯は電源を切られ、にこにことした先輩がおれの上にいた。こいつまじ一回死なないかな。

「へ、変態! エロ! すけべ! 破廉恥!」
「あえてその言葉は受け入れよう。おら、さっさと便所行って来い。その間オレがおまえのシャツ直すから」
「は?」

 いや、これは便所に行かなくてもしばらく先輩から離れて、落ち着いていたら大丈夫だと思うけど、なんでシャツ? ぽかんとした様子で先輩を見ていたら、先輩は呆れた顔をして「直すからだろ」と、裁縫道具を取り出した。

「……家庭的不良? 家庭的えろ? 不良えろ? ドメスティック不良エロ??」
「牧野、流石に殴るぞてめぇ」

 あえて言いたい。自業自得だろ!



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