どうしてこうなった。

 最近登下校時の視線攻撃は凄まじいもので、おれ個人としては正直慣れたいのだけどなかなか慣れないのが現状だ。隣を歩く志岐先輩はどこ吹く風で気にしていない様が流石っスね! なんて言いたくなるほど男前である。
 が、現在は明らかに肌寒い夕方にブレザーを隣の男に貸し出している先輩。隣の男、イコールおれは前のシャツ全開でそれを手で押さえて俯いている。鞄は先輩が教室まで取りに行き、あの志岐伊織が二個鞄を持っている。視線攻撃は当社比ニ割り増しだった。
 大体、おれは家から近いけど先輩遠いじゃん。なんとか家に帰っても平気だって言ったけど、あの麗しいフェイスに皺寄せ、笑顔で睨まれてみろ。ハブとマングースもすぐさま手を取り合うはずだ。
 けど流石にこの姿で電車に乗れるのだろうか? きつくないか? 様々な意味で。柚木川から出ればどう見ても先輩が痛めつけたようにしか見えない。覗く腹はセクシーではなく、痛々しい青痣が覗く筈だ。

「あの、先輩やっぱおれ」
「お。いたいた、和山ぁ、待たせたか?」

 発言権すらねぇと? だらだらと歩く姿すら様になる先輩の背についていけば、バイクに乗っている和山先輩がいた。近くにいる女子高生がヒソヒソ言いながら和山先輩を見て、向かう志岐先輩を見る。
 眼福だからな、この二人がいると。そこにプラスアルファ平凡が加わるけど彼女等の視界にはきっと入らないのだろう。

「明日返すわ。どうせお前この辺で遊ぶんだろ」
「…ん」
「おい牧野ォ。なに突っ立ってんだよ! 後ろ乗れ、帰るぞ」
「うえぇ!?」

 流れ上雰囲気で察することは出来たが、やっぱり驚く。ってか、ニケツできる年齢ですか、先輩。バイクの事はよく分からないけど、後ろに座れるスペースは明らかに改造されているような気がする。
 大体、ノーヘルの時点でどうなんだ志岐先輩。おれに着せていたブレザーを羽織り、先輩はハンドル部分に引っ掛けていたヘルメットをおれの頭に被せた。乗ること決定だし、有無言わせる雰囲気じゃないし。

「腕ちゃんと回せよ。落ちるからな」
「先輩のヘルメットは…」
「いらね。後ろの方が危ねぇからな、掴まれよ」

 やること無茶苦茶で、顔怖いし、人の気持ちなんか全然考えていないようにも見えるのに、何故か知らないけどこの人はうらめない気がする。自分のブレザーをしっかり着込み、おれはバイクの後ろに恐る恐る乗り込み、先輩の腰に腕を回した。
 …うっわ、まじずるい。顔もいいし、背も高い先輩は、明らかにおれよりも筋肉質だった。硬い腹に男として少しだけ嫉妬する。腹筋しよう…かな。

「あ、和山先輩バイク、ありがとうございます!」
「んー。ばいばい」



× × ×



「牧野の家って姉ちゃんどんな感じ?」
「え、サディストッス」
「ははっ! 美人かどうかのつもりだったのに!」

 バイクを爽快に走らせる間、耳に届く風の音の中に先輩の声がたくさん聞こえてきた。兄弟は姉だけかとか、母ちゃんどんなのとか、牧野って勉強平均的に少し下っぽいよなとか。
 失礼な事も言われたけど、目の前に存在している人が「志岐伊織」だということは頭からすっぽ抜けるぐらい普通の会話だった。よく考えなくても先輩は三年で、今年受験だ。それで少しだけ大人しくしているのかもしれない。

「オレ一人っ子だから姉貴とか羨ましいかもなー」
「志岐先輩それっぽいッスよね」
「……てっめぇ、振り下ろすぞ」
「いい意味で!いい意味ッス!」

 冗談だよ。風に乗るそんな声が少し優しくて、すこし耳にくすぐったい。警察に見つかったら怖いのに、先輩と一緒にいたらわくわくした。腹の傷は鈍痛を伝えているのに、高揚する気分が勝っていた。
 ノーヘルなのに律儀に指示器を使い、右折したところで「そろそろだ」と、先輩が伝えると目の前にマンションが見えた。先輩マンション暮らしだったんだ。ゆっくり落ちるスピードに駐輪場が視界に入る。

「駐車してくっから、そこで待ってろ。あ、メットは持って入れよ。たまに盗られるんだよ」
「(…メットを盗まれた経歴を持つ不良)」

 不思議だ、ほんと。
 あんなに怖かった先輩が、バイクを押しながら駐輪場に運ぶ姿を見て笑ってしまった。不良なのに優しいとか、気を使うとか。怖かった仮彼氏だったのに、いつの間にか楽しんでいる自分に気づいた。



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