女の子の嫉妬は怖いけど可愛いものだ。彼女持ちの話を聞いてそう思う。でも、男の、しかもストーカーの嫉妬なんてただの狂気にしか思えない。いくら顔が良くても、男だろ。ノーマルのおれにはよくわからない世界で、先輩にもよくわからない世界だろう。

「話、いいですか」
「…おれ、ゴミ捨てたいんだけど」
「手伝います」

 つまり、終わったら話するってことだろ。いくら小柄でも力は男、和泉はおれの左手にあったごみ箱を掴み、スタスタとごみ収集所に向かって行った。…もし、この状況を志岐先輩に見られたらまずくないか、おれ? でも、断れる空気でもないよなぁ。
 地面に落ちたゴミを拾い、とりあえずついていくことにした。強姦とか、輪姦とか、暴力が頭によぎったが、想像できなかった。
 …いやぁ、だって。和泉みたいな可愛い系ならギリギリ分かるけど、どうしてもおれを襲う奴がいるなんて思えない。
 それに、和泉よりも力は確実におれの方があるし、喧嘩でも勝てるだろうし。志岐先輩の言葉に脅されたけど、やっぱ、そういう光景はイマイチ理解できなかった。

 先に向かう小さな背を見据える。黙ってたら可愛い系が好きそうな女の子に好かれそうなのに、なんでこいつ志岐先輩が好きなんだろ。顔か? 頭か? 家か? 性格か? やっぱり、わからなかった。
 おれもあの先輩が悪い人ではないと知ったが、それでも好きにはなれない。やっぱ、男が男を好きになることは他人の目から見たらいいかもしれないけど、自分の身に降りかかるものなら断固拒否だ。そういうものを、この和泉が感じ取ってたら、やっぱりまずいのだろう。
 ここまで関わっちゃったし、先輩はおれを…信頼ってのは変か、信用? は、してくれてるみたいだし。何を聞かれても知らぬ存ぜぬ、そんでもっておれは先輩と清い交際をしているとでも言えば良いだろう。
 人の噂も75日。幸いクラスメイトはたいして気にしていないから、その辺は助かっている。何よりも、そういう風な実感が無いから気にすることも出来ないんだと思う。

「――先輩は」
「ん?」
「いつから、志岐先輩と付き合っているんですか」

 直接的かつ、直情的な質問だ。そして、考えてなかった質問だった。こいつが先輩に告白したのは学校始まってからだから絶対最近だ。二週間前ぐらいか? 新学期を向かえ、体育祭を迎えようとしている季節。もうすぐ、初夏を迎える。

「…冬の終わりぐらい、かな」
「その割に、登下校も一緒じゃなかったんですね」
「あー……先輩、そういうの嫌いだし」
「最近来てるじゃないですか」
「あー…まあ」

 食い下がるなぁ、当然だけど。ごみ捨て場に到着し、鍵を開いてフェンスの中に入る。二つの不燃ごみと可燃ごみの蓋を開く。汚臭が鼻をつく感覚に鼻を顰めながら、おれと和泉はごみを捨てた。空箱になったごみ箱を和泉から預かり、一個にまとめてフェンスの鍵を閉めた。

「…和泉はさ」
「はい」
「志岐先輩、なんで好きなの」

 背の低い和泉は、おれを見上げる。一見すれば草食動物のような眼差しだけど、強烈な瞳の色に息を呑んだ。猫を被る気が一切無い、純然な敵意の塊。

「ただ……ただ好きだからに決まってるじゃないですか。一年の中でも先輩に憧れを持っている子は多くて、先輩が女しか相手にしないなんて知ってる。でも、男には特定の相手持ってなかった。女の子には負けるけど、せめて男の中では一番になりたかった」
「お、おい…和泉!」
「志岐先輩に牧野先輩みたいな、平凡で、普通で、何の面白味もない人間が好かれているなんて僕は信じない。どうやって取り入ったか知りませんが、僕は先輩を諦めませんし、牧野先輩を許せません。誰も、僕も、どの女も、和山先輩以外は志岐先輩の傍に今までいなかったのに! なんで、牧野先輩みたいな人が先輩と付き合えるんですか!」

 嘘吐き。本当に付き合っているの? そう言われている気がした。同時に、その言葉を吐き出して否定されることに和泉が恐怖を抱いていることも分かった。
 本気で好きなんだ、和泉は。ミーハー根性もあるかもしれない、隣に立つことで優位を感じたいかもしれない。
 でも、なによりも和泉は先輩が好きなんだ。存在していた罪悪感がまたたく間に成長する気がした。本音を全部ぶちまけたくなった。でも、それらを行う前に和泉が口元に笑みを浮かべ、でも、まったく笑っていないという器用で、恐ろしい顔を作った。

「…和泉?」
「牧野先輩がいなくなった後も、僕が志岐先輩の傍にいますから」

 おいおい、まさか。

「安心して下さいね」

 校舎の陰から出てきた人間。明らかにおれが普段付き合っている友人関係にはない人種ばかり。
 掌から零れたごみ箱が、間抜けな音を立てて地面に落ちた。



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