「政哉ぁ、障害物気合い入れろよー」
「うるへー!!」

 傍観者という立場は楽である。羨ましいほどに。弁当食べても、割と好きな漢詩の授業中でも、そんな風に思う。おれも基本的にはそちら側の人間なのだ、目立つことはヒーロー&ヒールにでもお任せしたい。平凡な町人Mは話しかけられない限りスルーしてくれたほうがいい。
 帰りのHRも終わり、箒を武器のように構えチャンバラしているクラスメイトを尻目に、盛大に嘆息せずにはいられなかった。おれもチャンバラして全てを忘れ去りたい。むしろ、勝手に決めたクラス委員にチャンバラを挑みたい。

「大体さ、おれ苦手なんだよ。そういう…クラスに関わるのって」
「共学だったら?」
「おれの勇姿見てください。主に女子」

 キャー政哉君素敵! 男の重なるダミ声の声援を受け、箒を振り回した。畜生おまえらにおれの気持ちがわかってたまるか! あとそんな野太い声援なんてむしろ却下に決まってんだろ!
 箒を振り回し、一番近かったクラスメイトのわき腹をついてやろうと構えた瞬間、ガラッと教室の扉が開いた。そこからは、授業開始&終了時刻ぴったりに教室を出入りする我らが担任様が現れた。
 今日はどうやら掃除の見回り担当だったらしい。男子校の掃除は基本的にサボられるものだ。そうすれば当然の如く、サボればサボる分だけむさ苦しさに汗臭さは充満する。だからこうして掃除の時間に教師が巡回をするの、だけ、ど…。
 何故、こんなにもタイミングが悪いのだろうか。

「………」
「牧野」
「ひゃい」
「遊んでる暇があったらゴミ捨て行ってこい」



× × ×



 掃除の当番においてゴミ捨ては好き嫌いが日により分かれる作業だ。
 ゴミの量が少なければサボりの時間として校舎裏に設置されているごみ収集所に行くだけだ。が…今日はゴミが多い日だった。あの担任、耄碌のくせにこういうことには目ざとい。罰だと知りつつご指名だ。
 左手と右手の二つのごみ箱の中には、様々なものが入ってる。臭いし、汚いし、匂いが嫌だ。これが女の子とする作業だったらおれが二つごみ箱を持つ時点で「牧野君すごーい! 意外に頼りになるのね」なんて言われるんだ、きっと。
 ちなみに妄想の中の女の子はふわっとした髪で、口に手を当て笑うような子だ。胸は大きくても小さくてもおれは愛せるよ! 脚がメインだから。足首なんて本当可愛いと思う。
 まあ、ここにいる人間は悲しいかな、男しかいない。足首細い男には興味がないし、ごみ箱二つ持ったとしても、ドンマイ。程度にしか思われないだろう。その証拠がクラスメイトのニヤニヤした顔だった。
 溜息を吐き出したとしても、残念ながらこみ箱の重さは変化しない。こういう場合はさっさと捨ててだらだら教室に帰るに限る。
 今にも溢れ出しそうな紙屑の絶妙なバランスを維持しながら、おれは薄暗い校舎裏に足を踏み込んだ。陰気な場所だが、サボる場所にはなかなかの穴場だ。一年は教室が遠くて来ないし、三年はもっといい場所を知ってる。だから、専ら二年が集まる場所でもある。

「牧野先輩」

 そんな馴染みのあるような無いような薄暗い校舎裏、夕方の空気、遠い笑い声、皮膚に感じる冷たい風、両手のごみ箱、目に映りこんだ見覚えのある美少年。柔らかな髪が風に揺れて、きつい双眸が睨んでくる。

 ドラマか、三流小説かよ。

 和泉かなでの存在に、小さく反応した体。指が震えてごみ箱から少しだけゴミが零れた。おれより小さい体、柔らかそうな髪に、白い皮膚。一見すれば女の子みたいな見た目。そして、志岐先輩のストーカーである人間。
 正直、いつかは関わると思ってた。でも、まさかこんな早く接触してくるとは思わなかった。両手にごみ箱、情けないおれの見た目とは裏腹に、和泉かなでは微かに差し込むオレンジ色の夕日を浴びて、天使の如く髪を輝かせていた。



back : top : next